初対面  

オレは、何かの夢をみているにちがいない。細身の、黒いスーツ姿の男は俺を背負いながら、民家の屋根から屋根を軽快に飛び移っては移動している。こんな華奢な骨格の男が、大の男ひとりを背負って、こんなに軽快に素早く飛翔移動出来るワケがない。それに、陽がおちてもなお気温四十度を超えるアフリカの灼熱の大地で、黒のスーツを着て汗ひとつかかない奴なんているだろうか? だから、これは夢だ。夢の中の世界に今オレはいるんだ・・・。なぜか、この細身の男の背中はひんやりと冷たくて心地よかった。まるで、オレの汗だくになった火照った体から体温を吸収していっているかのように、その男の背中はずっと冷たいままだった。そこで、ああ、と納得した。きっと、こいつは死神なんだ。オレは、死神にあの世へ連れて行かれる途中なんだ、と。ただ、目元の辺りはサングラスをかけているせいでよく見えないが、肩ごしに見える男の表情は少し苦しげで、頗る顔色が悪く、今にも倒れそうな顔面蒼白。更に荒い息遣いがその冷たい背中から伝わってくる。コイツ、大丈夫か? オレをあの世まで運ぶ前にそっちが先に逝っちまうんじゃないのか? なんて、死神の心配までしているオレは余裕綽綽で、だからやっぱりこれは夢なんだ、という判断に至ったのだ。

だから、これは夢だ。夢の中の世界に今オレはいるんだ・・・。なぜか、この細身の男の背中はひんやりと冷たくて心地よかった。まるで、オレの汗だくになった火照った体から体温を吸収していっているかのように、その男の背中はずっと冷たいままだった。そこで、ああ、と納得した。きっと、こいつは死神なんだ。オレは、死神にあの世へ連れて行かれる途中なんだ、と。ただ、目元の辺りはサングラスをかけているせいでよく見えないが、肩ごしに見える男の表情は少し苦しげで、頗る顔色が悪く、今にも倒れそうな顔面蒼白。更に荒い息遣いがその冷たい背中から伝わってくる。コイツ、大丈夫か? オレをあの世まで運ぶ前にそっちが先に逝っちまうんじゃないのか? なんて、死神の心配までしているオレは余裕綽綽で、だからやっぱりこれは夢なんだ、という判断に至ったのだ。

 目を開けると、今にも腐って剥がれ落ちそうな天井が見えた。
「ここは・・・?」  薄暗いボロ屋の一室・・・のような場所にタケルは地べたに横になっていた。きょろきょろと辺りを見回していると、凛とした、涼やかな男の声が応えた。
「気が付いたか? 地獄からの生還だが、少なくとも極楽浄土とは程遠い場所だ」
 声がする方を見ると、さっきタケルを背負っていたあの死神が、薄暗い部屋の片隅で錆びついたパイプ椅子に静かに腰掛けていた。タケルは慌てて両ひじをつき、首を起こしながら周りを見る。仲間がいない! 思わず叫んだ。
「ジョイスと、ダン、グレンは!? 」

「ああ・・・二人は後方部隊の宿営地に無事送り届けた。君が最後だが、なにせ百キロ超えの大男たちを運んでくたくたなんだ。少しの間ここで休ませてくれ」  
死神は静かに答える。タケルの頭は混乱していた。  死神がくたくただって!? 一体どういうことだ? あれは夢じゃなく、コイツも死神じゃあなかったのか? 二人送り届けた、ってどういう意味だ? 一人足りないじゃないか! 
「あとの一人は? 四人いただろう? 」
「赤毛のことを言っているのなら・・・残念ながら彼はKIA(戦死)だ。君も見たはずだ。眉間に一発、即死だった・・・」  

 KIA・・・。グレンが・・・KIA・・・。そうだった。応急処置をしようとグレンをみたが、すでに彼は死んでいた。
「ああ・・・グレンは、死んだ。確かに。撃たれるのを目の前で見た。だが、早急に遺体を回収して祖国に、家族のもとに還してやらないと・・・!」
 タケルがそう言って立ち上がろうとした途端、脇腹に激痛が走り、思わず呻く。
「その傷で一人で歩くのは無理だ。応急処置はしたが、まだ出血が激しい」
 タケルが痛みのする脇腹を見ると、圧迫包帯が丁寧に巻かれてあった。
「しかし・・・」  タケルの言葉を彼が遮った。
「承知の上だ」

「承知? 」  タケルは納得がいかない表情で色白の男の顔をうかがった。
「君たち米軍は敵の手に渡った仲間の遺体が損壊されることを懸念しているんだろう。特に、その様子が撮影され、マスコミに流れ、テレビニュースにされて、アメリカ市民の目に晒されることを、何より恐れている。そう、ちょうど〝ソマリアの悲劇〟※(1)のように。いや、最近では〝ブルックリン橋の惨劇〟※(2)かな。1994年のソマリアに次いで、今度もまたデルタ隊員の遺体が損壊されたとあっては、国や部隊のメンツが丸潰れだからな。だが安心しろ。赤毛の遺体は安全な場所に隠してある。場所を教えるから仲間と合流した後に回収するがいい」  そう言って座標位置らしき番号の記したメモをタケルに渡した。

 何で? ・・・男の対応にタケルは混乱していた。何でオレたちがデルタ隊員だってコイツは知ってるんだ? デルタはその特秘任務故、戦闘服に部隊名や階級の判る徽章をつけてはいない。民間の傭兵と間違われてもおかしくはないのに・・・。それに、〝ブルックリン橋の悲劇〟だって!? 何でそんなことお前が気にするんだ? グレンの遺体を隠した、だって? 何、何、何???、一体ぜんたい、どーなってるんだ? 考えれば考えるほど、タケルの頭は混乱していった。とにかく、この男は何らかの情報を握っている。CIAの諜報員だろうか? 正体を・・・訊いてみるしかないだろう。とりあえず、
「・・・オレはタケル。アメリカ陸軍一等軍曹だ。で、あんたは一体何者だ? 」  タケルは自己紹介をした。
「さて? 少なくとも敵ではないことは確かだな、こうして君たちを救出しているんだから」  
その言葉で、タケルは、命を救ってくれた礼をこの男にまだ言ってなかったことに気付きハッ、とした。 「あの、・・・おかげで殺されずに済んだ・・・感謝してるよ。本当に」
 ぼそぼそと呟くように礼を述べるタケルに対し、男は
「君たちの間では、私はどうやら〝ヴァンパイア〟と呼ばれているらしい。だから、今回もそういうことにしておこう」  と言って立ち上がった。

 タケルは改めてヴァンパイア、と名乗る男の姿を見た。身長は百八十センチくらいで、細身だが筋肉質。肌の色は白人、というより死人に近い蒼白、髪は漆黒で短髪でオールバックにしている。室内だというのに、映画『マトリックス』の主人公・ネオがかけているようなサングラスを装着しているため、瞳の色はわからない。人種や国籍を悟られないためにそうしているのか、目が弱いのか、もしくは吸血鬼を装いなり切っているのか? 面長の輪郭に尖った耳、細く整った鼻梁、薄い唇、強張った顎・・・これらの情報をたよりにタケルは推測する。スラブ系民族か・・・にしては骨格が華奢過ぎる。中東とアジアのハーフだろうか? にしては肌の色が白すぎる・・・う~ん・・・わからない。と、そこで、タケルは重大なことに気付いた。日本語だ! 今オレは奴と日本語で会話している! しかも奴の話す日本語はネイティブそのものだ! と、いうことは・・・奴は俺と同じ日本人なのか!? 今さらながら気づいた重大事項に驚愕していると、突然、後頭部に激しい衝撃を受けタケルは再び床に崩れ落ちた。意識が遠のく寸前、タケルの耳元に涼やかな声で流暢な日本語が聞こえてきた。
「悪いが、もう少し眠っていてもらう。次に目が覚めた時、君はもう仲間のところにいる」

時は「平成」が終わり「令和」の世

 日本の国政は、それまで衆・参両議院で第一党を保持し、政権を担っていた自由民主党が、平家物語の〝驕れるもの者は久しからず、盛者必衰の理をあらわす〟という言葉さながらに、平成21年に行われた総選挙で歴史的大敗を喫し、結党以来初めて、第一党から転落、政権を当時の民主党に明け渡した。
だが、この政権交代は、日米関係の悪化、円高、赤字財政の加速による経済成長の歩止まり、外交、経済共に悪い流れを断ち切ることができなかった。脆弱と化した日米同盟と日本の国力が衰退したと見るや否や、中国が、日本の領海領土とする尖閣諸島を自国の領土と主張し、漁船や艦隊を率いて領海侵犯を繰り返していた。そんな最中、領海侵犯した中国漁船が警告を発する海上自衛隊の船にぶつかってくる、という事件が起き、漁船を操縦していた中国人船長は、逮捕されるも、政府は中国側との領土問題の更なる悪化を懸念して無罪放免で中国に返す、という異例の措置をとる。この事件によって、新政権の日本は弱腰外交であることを諸外国に示した格好となり、経済成長著しい中国を勢いづかせることとなる。
以降、中国はアメリカの庇護が薄れた日本の領海領土を奪おうと、虎視眈々、連日挑発行為を繰り返し、その強大な軍事力でもって、小さな島国に好戦的な圧力をかけはじめていた。
また同じように韓国も、国際法にも認められている日本の領土、竹島を自国の領土である、と喧伝し堂々と、島の一部を不正に占拠し続けるも、政府はただ手をこまねいているだけで、教鞭な姿勢を示せない始末。更に極めつきは、東日本大震災と巨大津波による原発事故の発生、それに伴う大損害と復興予算の捻出、震災発生後の対応措置の遅れに原発事故直後の不手際・・・歴史的な政権交代は、日本再生どころか、日本の国益を大きく損ねる事態を招き、この国は衰退の一途を辿ろうとしていた。
 さすがに国民もかつては期待を寄せたこの新しい政党に失望の色を隠さず、見切りをつけ、支持率が過去最悪を更新し不支持率が跳ね上がり続けた。野党と国民からの批判に晒され続け、平成23年、衆議院解散へと追い込まれる。三年と三か月で民主党政権はようやくその幕を閉じる。
 そして、平成24年の衆議院選で野党に甘んじていた自由民主党が圧勝。再び第一党の与党に返り咲いたのである。

 自由民主党の安倍晋三総裁は、第96代内閣総理大臣に就任するや否や、過去の驕りから国民の信を損ねてしまったという猛省により、異例の速さで国力回復に向けての政策を実行するのである。まず、経済再生を第一に掲げ、円安を実現し、外交では悪化した日米関係の修復を最優先させ、領土問題に於ける中国と韓国に対しては毅然とした対応で臨み、軍による好戦的な圧力に対しても、その挑発には臆さず、経済再生によって国力を回復し、諸外国からの理解を得て、外交による平和的解決をはかろうとしていた。
 核実験を繰り返し行っては挑発行為を繰り返す北朝鮮に対しては、アメリカや諸外国ととも密に連携をとり、対話と圧力のバランスを維持していた。
 この結果、円安により日本経済は上昇し、三年と三か月の間に失われた国力は、徐々に回復の兆しを見せ始めていた。 
だが、日本に好戦的な態度で攻め続ける中国と韓国の軍隊の台頭、その二国間が協力して歴史問題で日本を貶めようとする悪辣な政治情勢、という不穏な動きに第二期安倍政権は、「平成」から「令和」へと元号が変わったこのタイミングで、憲法改正という一手でもって国防を基礎から見直そうしていた。  

 天皇家では百二十五代目の天皇陛下がご高齢であることから退位され、皇太子殿下が天皇の位を引き継がれるという、異例の生前退位が行われた。
これにより元号が変わり「平成」から「令和」という世を迎えたのである。従来ならば、改元というものは天皇陛下が崩御され、新天皇が即位して国中が悲しみと自粛の最中に行われる出来事であった。だが、今回の生前退位では、国民がそのような悲しみの感情を抱かずに、天皇陛下への感謝の念と皇太子殿下の即位を心から喜び寿ぐことが出来るとあって、改元前から日本国中がちょっとしたお祭り騒ぎとなった。
 新時代となる「令和」には国民たちの様々な希望や願いが込められてもいるのだ。
 「平成」という世は戦争のない平和な時代ではあったが、経済の悪化や相次ぐ自然災害によって多大な損失と人口減少をもたらした不遇の世でもあった。何より、震災で被災した国民は心身ともに疲弊しきっていた。こうした中で、平成の天皇・皇后両陛下は幾度となく全国の被災地に赴き、国民にあたたかい励ましのお言葉を述べられ続けてこられたのである。

 平成の終わりに近づくにつれ、日本を取り巻く国際情勢も徐々に複雑になり、周辺国や同盟国のパワーバランスに変化が訪れようとしていた。
 核兵器を持たないこの小さな島国は、核を持つ三国と隣接し、領海・領土の覇権争い※(3)という深刻な問題を抱えていた。戦争のなかった平成が終わり、これまで当たり前に思っていた国の安全神話が覆される事態ともなりかねない、こうした中で「令和」の世を迎えたのだった。  
 ちょうどその頃、天上界では現在の日本国の在り方に神々が疑問を呈されはじめ、思わぬ事態に発展する。神々が混乱する最中、天界から一匹の精狐と山犬が下界に降り立ち、地上戦に於ける壮絶なバトルが展開されることとなり、やがて日本存続の危機に瀕する出来事へと繋がるのである。

これは、天界からやってきた狐と山犬が人間界を巻き込んでやらかす出来事、令和の世の物語である。

高天原(たかまがはら)にて

天の安の河の河原にて集められた天つ神(あまつかみ)・八百万(やおよろず)の神は、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の御到来を今か今かと待っていた。 辺り一面に光が満ち、黄金色に染まった視界に八百万(やおよろず)の神はまぶしげに目を細めた。とその時、一筋の光の矢のようなものが高速で神々の間を通り抜けたかと思うと、それは天つ神のちょうど中央で静止。瞬く間に輝く光りを纏った天之御中主神がお出ましあそばされた。八百万の神は挨拶の言葉と共に平身叩頭した。それをご覧になった天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は
「遠慮はいらぬ。今宵一堂集まってもらったのはほかでもない、重要な報告があるからだ。それについて朕は卿たちといろいろ話がしたい」  
そう仰るとまばゆいばかりの光の衣を翻し、天之石位に鎮座された。高天原の最高神である天之御中主神 ( 天 ) 自らが天つ神・八百万の神を集めて発言されるとあって、これは相当重い詔(みことのり)があるに違いない、と神々はただならぬ雰囲気を察し、畏怖の念を抱きながら天からの御言葉を待った。  

 天之御中主神は鈴の音が鳴り響くような吟声をあげられた。
「卿らも知ってのとおり、葦原中国※(4)は天つ神の総意によってイザナギノミコトとイザナミノミコトを下界につかわせ国生みをさせたのだ。  しかし、近年の葦原中国をみると、民の心は既に国から離れているのではないだろうか、と考えずにはいられない。  民は「個」の幸福のみを願う傾向にある。近年は多くの民が子を孕むことを望まず、また子を産んでも、ろくろく育てることも出来ず、あろうことか我が子を殺める極悪非道な民がいるのも事実。これは民が「個」に固執し国の先行きなど無関心である証拠ではなかろうか。  そして葦原中国を知らす立場にある天皇からも既に民の心は離れようとしている。平和の時代を築いた上皇は高齢にあって、今は病に伏している。もはや民の心を取戻し掌握するには薄弱。再び民の心を国に向けることがどうしてできようか。このまま民が「個」を重んじ、国よりも「個」を優先させるようであれば、国力は衰退の一途を辿るのみ。繁栄はおろか国の危機にも対処不能となりうる。朕はこうした近年における国状を憂い、これまで様々な試練を与えてきた。ある時は八十禍津日神(やそまがつひのかみ)に命じて大山津見神(おおやまつみのかみ)と共に大地を震わせ、またある時は、大禍津日神(おおまがつひのかみ)に命じて大綿津見神(おおわたつみのかみ)と共に大波を起こした。これらの禍を機に、民が「個」への執着をうち捨て、今一度国をおもって結束し、必ずや国難を乗り越え繁栄するように、そう朕が信じ願って与えた試練である。しかし、已然大多数の民の関心は「個」にあって期待するほどの成果は見受けられない。民が国よりも「個」を重んじる上に、うしはく立場にある官の体たらくが民の信を損ね、これが更なる凋落の呼び水となってしまっている。  現況の葦原中国はもはや朕の知るところにあらず。それは崩壊を意味する。いよいよ威勢を増した常世国(とこよこく)が葦原中国の内部からの弱体につけ込み、やがて近隣の常世国、異郷の民によって陸・海・空は奪われ蹂躙され、葦原中国の民は滅亡してゆくだろう。  天つ神の命によって建国させた葦原中国がそのような状態に晒され滅亡してゆくのを朕は見るに忍びないのだ。  ならば、早急に手を打つ必要がある。そこで、だ。朕はこれまで天皇家が知らしてきた葦原中国を百二十六代目の今上で終わらせてはと考えている。平和の一時代を築いた上皇の崩御と共に葦原中国を沈め、海上をまた元の混沌に戻してしまおうかと」  

 天の御言葉に八百万の神は一葉に驚愕。口々にする驚きの声は夏蠅が飛ぶが如く満ちあふれた。しばらくして、天之御中主神の斜向かいに座しておられる天照大御神が静かに口をひらかれた。
「天、上皇の崩御後すぐに葦原中国を沈める、というのは少し性急すぎるのではないでしょうか。ご承知の通り上皇は高齢で、病に伏せっている状態。いつ崩えってもおかしくはない状況です。であるからこそ、生前退位を申し出て太子に譲位させ令和という世を迎えたのです。せめて、この令和の世で民の心が再び国に向けられるまで、もう少し猶予を与えてみては如何でしょうか」  
これを受け天は
「それでは時量師神(ときはしらしのかみ)に命じて、上皇の寿命を百前後にまで設定しよう」と、仰った。このお言葉に対し、天の右横に坐しておられた神産巣日神(かむむすひのかみ)が異論を唱えられた。
「そもそもなぜ葦原中国を沈めてしまう必要があるのでしょうか? 確かに現状では民の大多数が国よりも「個」へ執着しております。が、しかし、天皇の生前退位と譲位に於いては大多数の民がこれを寿ぎ、令和という新時代の訪れを歓迎したのです。まだまだ民は天皇という存在を心の拠りどころとして、決して置き忘れているわけではございません。  そして、先だっての大禍津日神(おおまがつひのかみ)と大綿津見神(おおわたつみのかみ)がもたらした禍においては、多くの民が絆に目覚め、心を合わせ葦原中国の復興と安泰を目指して現在も努力を積み重ねているのも現状です。あのような大惨事に至っても尚、民が互いに助け合い、略奪や暴動などは起こらず冷静に対処していったことは、賞賛に値すべき行為です。こういったことから、異郷の民からは、葦原中国の民の言動が賞賛の声と尊敬の眼差しを受けているのです。我らが葦原中国の民は、かつて聖帝(ひじりのみかど)※(5)が称したとおり、大御宝(おおみたから)なのです。それを島もろとも沈めてしまうおつもりなのですか」  
神産巣日神のお言葉に天はしばし深く頷かれてから感慨深げに仰った。
「大御宝か・・・。聖帝の世であった葦原中国は天皇と民が苦楽を分かち合い、国の安泰と繁栄をもたらした良き御世であった。が、しかし、今の葦原中国は・・・」  と、ここまで仰って深く長い溜息をおつきになられた。
近頃の天は葦原中国の現状をお嘆きになられて溜息をつかれることが多い。   

 現代日本で豪雨や雷雨や突風、竜巻などといった現象が、国内の至る所で発生し予測不能で神出鬼没のいわゆるゲリラ豪雨として、気象庁を悩ませているのはこのためである。

如来 注進

 その時、一風の清涼が吹き、西の彼方より黄金色の雲に乗って、質素な身なりをした旅人か修行僧のような人物が現れた。両手で印を示しながら、まっすぐ、天之御中主神の坐しておられる所へ向かって歩んでゆく。その動きに天つ神は慌てふためき、制止させようと腕力の神である天手力男神(あめのたぢからおのかみ)がその前に立ちはだかった。
「わたくしは、天つ神の皆様に大切なお話しがあり、ここへ参った次第です。どうか、道をお開けになり、御清聴いただけないでしょうか」
 その人物は慇懃に申し出た。すると天之御中主神が仁王立ちする天手力男神に向かって
「道を開けてお通しするがよい」  と仰ると、その人物はゆっくりと天つ神の坐する雲の輪の中に入っていった。そして天之御中主神を御前に、印を解いた両手を合わせ丁寧にお辞儀をしてから口を開いた。 「わたくしは仏門の世界の者。名を阿弥陀如来と申します。このたびの、天つ神が地上界へ放った禍と、天之御中主神の民への失望からなるご決断が風の噂にてこの耳に入ってまいりました。それに伴っての我が弟子の暴走行為を助長する運びになった急難を注進に参った次第です」
「そなたの弟子と朕の憂いにどのような結びつきがあると? 」  
天之御中主神はそう仰ると思金神(おもいかねのかみ)の方をチラリ、とご覧になられた。思金神は困った御様子で、ほんの少し首を傾げられた。
「その件にお答えする前に、お願いがございます。天つ神の怒りとして地上に放たれた禍の雷(いかづち)は、民にとって計り知れない苦難となっており、いよいよ民は疲弊の極致に達しようとしております。この弱体した現状につけ込み、周辺の異郷の国々が葦原中国を奪おうと、圧力をかけていることは天も御承知のこと。このような状況下で、また更なる禍を地上にもたらすと、民の反省はあっても、活力は萎えてしまい、かえって事態が悪化することでしょう。民心のいたらぬ所以は、天の仰るところの「個」を重んじる心にあります。煩悩あって未だ悟りが開かれていないからでございます。しかし、それもまた人間というものでございます。どうか、葦原中国を亡きものになさらないでください。ここは、この阿弥陀如来に免じて民への試練を、混沌の世界に戻すという御考えと共に、一旦お預けにしてはいただけませぬか」
 阿弥陀如来はこう切実に訴えられた。 

「天つ神が葦原中国を誕生させてから五百年ほど経った頃、常世国からそなたたち仏が伝来してきた。それまで八百万の神を祭っていた民はそなたたちを快く受け入れ、その教えと考えに従い熱心な信者となっていった。それが今でも継続されており、民の大多数はそなたの布教した教えを日常習慣的に取り入れ平和に暮らしている。朕は民が、大御宝が、幸福で、心豊かに暮らせるならばそれでよし、という考えである。葦原中国の民は建国神である天つ神のみを信仰し、崇拝せよと強要するつもりなど毛頭ない。それ故、そなたらの伝来も静観していたのだ。しかし、信仰心と愛国心は別物。どのような神や仏を信仰していたとしても、国を想う気持ちを等閑にして民が「個」に執着し、衰退してゆく様を、建国の祖である天つ神としてはこれ以上看過出来ないのである」  天之御中主神は厳然と仰った。

「天がこの国の衰退に深い失望を覚え、憂いておられるのは重々理解しております。しかしながら、地上界では今、天つ神の知らぬところでもっとも深刻な事態が生じているのです」
「天つ神の知らぬところで起こっている深刻な事態とは何か? 」  
今度は天照大御神が質疑をされた。
「周辺の異郷の国々とは別に、如意法術(にょいほうじゅつ)を使って、この葦原中国を島ごと奪ってしまおうと企てるふとどき者がおります」
 阿弥陀如来の御返答に八百万の神から一斉にどよめきの声が沸き起こり、口々に 「なんと! 」「恐ろしい、罰当たりなことを・・」等と言う言葉が発せられた。
「わたくしはこの事実を一刻も早く天にお知らせし、今の葦原中国にてこれ以上の禍をもたらすと、かえって事態が悪化することを御理解いただき、世の平定に尽力するためのお力添えを願いに参ったのであります」
「そのよからぬことを企てているのがそなたの弟子というのか? 」
「お恥ずかしながら、仰る通りでございます。身内の不祥事、恥を承知で全てを申し上げましょう」  阿弥陀如来はその細い目を更に細くされ、とうとうと語り出された。

「わたくしには脇侍に観音菩薩という者がおります。脇侍というよりは、わたくしの化仏(けぶつ)、というほどに、信頼を寄せているものです。その観音菩薩のお話から、すべては始まります。  
 ある時、観音菩薩が山道を歩いていると、親からはぐれた狐の子供が大きな山犬に襲われそうになっているところを見つけました。観音菩薩はその山犬を木の棒を使って追い払い、可愛そうな狐の子を保護してやったのです。数日後、また山道を歩いていると、子狐を襲おうとしていたあの大きな山犬がぐったりと倒れているのを見つけました。観音菩薩が山犬に近づいてよくみると、生後間もない山犬の赤ん坊が傍で弱弱しく鳴いているのです。あの時山犬は、お腹を空かせた子供のために、ろくろく食べることもできずに、獲物を探して歩き回り、ついに子狐を見つけ、襲おうとしていたのでした。ところが観音菩薩によって獲物を捕り逃したことで力尽き飢えて死んでしまったのです。観音菩薩は自分があの時、子狐を救うため山犬を追い払ったことが、結果として山犬の赤ん坊の親を餓死させてしまったということに深い悲しみを抱きました。そこで観音菩薩は、餓死した山犬を丁重に葬ってから、その赤ん坊を引き取り、狐と山犬の子を我が子のように大切に育てたのです。  

 それから数百年が経ち、狐と山犬は観音菩薩のよき弟子となって多年の修行を積んだ後、やがて人の姿に変化自在となることが叶いました。かねてより人間になることを切望していた弟子たちは、慎ましやかに修行に励み、観音菩薩の教えを会得することで畜生道から人間道へと導かれたのです。  
 さて、人間の姿となった狐と山犬の子は、下界にて苦しむ人々を救済するため、観音菩薩が地上に降りるところに度々随行し、やがて複雑な人間界の様相に困惑することになります。特に山犬は、この地上界が、不平等で諍いの絶えない、欲にとらわれた者の娑婆苦であることに深い失望を覚えるのでした。
 一方の狐は人間界に於いて、飽くことのない欲望と煩悩に踊らされる民を睥睨しつつも、自身も、ある野心を密かに抱き始めるのです。

 観音菩薩が幾度となく地上に降り、真言を唱えて祈願することを勧めても、民の苦しみや嘆きは止まることがありません。これを見かねた山犬は、とうとう禁断の法に触れる決断をするのです。即ち、天界の書物である如意法術を覗き見て術を学び、習得した後に自ら地上に降り立ち、法術を駆使して娑婆苦が広がる地上界を、諍いのない、すべての民が豊かに暮らせる快適な世界に変えてみせよう、と。
 これを好機とみたのが狐でした。狐は山犬の純真な心からくる決意を、自身の野心の成就のために利用しようと目論んだのです。狐は、山犬と共に天界の秘書である如意法術を写し取った後、言葉巧みに山犬に近づき、その写し取った紙を全て奪ってしまいます。そうして山犬をまんまと欺き法術をもって地上界に降りてしまったのです」

 阿弥陀如来のお話に天之御中主神は驚かれて仰った。
「如意法術とは天界の秘法術。決して地上に漏らしてはならぬ書物である。もしも人間が地上にてあの法術を邪に行ったならば、必ずや厄生じて民を害すであろう。天界の禁が破られた以上、その者を赦すわけにはいかぬのではないか? 」
「仰る通りでございます。しかしながらあの天書は、それぞれの巻に印が施してあり、その印を解ける者しか書かれてある内容を完全に理解することが出来ないようになっております。故に山犬と狐は、巻をひとめ見ただけでは、何が書いてあるのかわからず、とりあえず紙に写し取って、後でゆっくりと時間をかけて解読しようとしたのです。ところが、写し取った紙を地上に持ち出した狐は、さすがに、長年に渡り道を修めていたため、機知を働かせ、厭人の術や異郷の邪術を駆使してその印を少しずつ解いていっているのです。  観音菩薩より斯様な報告を受けたわたくしは、山犬に、解読不能だったという天書の中身を教え、悲願であった天界の法術を伝授し修練させました。そして、この天界の術を以て地上に降りたち、兄弟子の術を封じて、混乱の世と化した地上界を平定せよ、との命を出したのです」
「しかし、天界の秘法術を得たその山犬が、狐と共に邪な道へ逸れてゆくやもしれぬではないか」  天之御中主神は懸念を示された。

「そういった事態に備えて、わたくしは山犬に誓約をたてさせ、更にふたつの戒めの術をかけたのです。真の求道心と困窮する民を救済するためとはいえ、禁断の天界の書を無断で閲覧したことによって、狐に秘術を持ち出され、地上界の混乱を招くことになったそもそもの原因は山犬にある。よってこれより山犬は地上界に降りるにあたって、いつ何時、どのようなことが起ころうとも、法術を使って無関係の民を傷つけてはならない。常に修行の身であることを忘れぬよう、獣心が出ぬよう自制するため、妖人に姿を変えてやったのです。本能的な煩悩を抑えられてこそ、真の修験道だからです。妖人の姿と変わり果てた山犬は、人間の注意をひかぬように、目立たぬようにと陽が落ちてから暗躍している様子。これによって、天つ神の夜の世界を司る御一柱(おひとばしら)とたびたび咫尺(しせき)したという報告も受けております」
「妖人の姿をした山犬と奇遇した、という話は弟である月読命(つくよみのみこと)から聞いたことがある」  天照大御神が仰った。

「二つ目の術というのはどのようなものか? 」  
今度は神産巣日神(かむむすひのかみ)がお尋ねになられた。
「もうひとつの術は、わたくしは山犬があまりにも立派に如意法術を練磨したことを賞賛し、わたくしの種字名を与えました。本来、獣は獣。名など与えるものではありません。が、この山犬には私の独断で種字名を貸与しました。そして、地上に降り立つにあたり、一旦その名を取り上げ、術をかけたのです。この種字の真の意味を知り、真言を唱えることが出来る者だけが山犬を意のままに動かし、法術を自在に使役することが出来る、という術を。これにより、山犬は常にわたくしどもの監視下におかれ、邪心を抱いては法術を使うことが出来ないようにしたのです」
「なるほど。貴い庇護をもつ名の下で悪事ははたらけませぬからな」  
神産巣日神は感心されながら仰った。

 阿弥陀如来はさらに続けられた。
「ただ・・・この山犬、些か過ぎるところがございまして・・・。狐を追って、様々な異国の地を巡るうち、元来の道義心が目覚め、狐の捜索の合間を縫っては、異教の民を救済する、という・・・脇道に反れる行動がしばしば見受けられるのです。が、決して私利私欲のためではないことは明白であり、これも師である観音菩薩より受け継ぐ純粋な慈愛の心からきているものとして大目に見ておる次第です・・・」

地獄からの生還

 グレンが戦死してから、チームメイトだったタケル、ジョイス、ダンの三人は帰国し、グレンの葬儀に参列した後もずっと塞ぎこんでいた。  

 三人は基地近くにある小さなパブのカウンターにて、亡きグレンのことを偲んでビールをちびちびやっていた。
「ったく、まさかあいつがよぉ、逝っちまうなんてよぉ・・・」
 ダンが独特のメキシコ訛りでそう言うと今度はジョイスが淋しげに呟く。
「ああ・・・。ほんといい奴だった。いい奴ほど早く逝っちまうんだ」  
ジョイスの横に並んで座っていたタケルが、グラスに入った琥珀色の液体をぼんやり眺めながら静かに語った。
「俺、まだデルタに入ったばっかの頃、C4(プラスチック爆弾)の扱い方が雑だって、グレンにメッチャ叱られたことがあってさ。俺的には教官に教わったとおりやってたつもりだったんだけどさ、実戦ではそんなやり方通用しないって、言われて、けっこうムカついてブータレてたんだ。でも、グレンが訓練の後近づいてきて、イチから丁寧に教えてやるって言われてさ。あれはものすごくためになった。任務を遂行するたび、あの時グレンが要領を得た教え方をしてくれたことがわかっていったから。ほんと、感謝してるよ」 「C4は豆粒ひとつの大きさでも物凄い破壊力だからな、一人がその扱いをミスればチームごと壊滅することになりかねない。だからグレンはお前に要領と手際と慎重さとを学んでほしかったのさ」
 ジョイスがタケルの言葉に応えた。
「グレンだったら今頃はとうにこのグラス6杯目はいってるかな」  
未だ半分も減っていないビアグラスを眺めてダンが続ける。
「あいつがいないと、あんまり美味くないな」

 三人は基地近くにある小さなパブのカウンターにて、亡きグレンのことを偲んでビールをちびちびやっていた。
「ったく、まさかあいつがよぉ、逝っちまうなんてよぉ・・・」
 ダンが独特のメキシコ訛りでそう言うと今度はジョイスが淋しげに呟く。
「ああ・・・。ほんといい奴だった。いい奴ほど早く逝っちまうんだ」  
ジョイスの横に並んで座っていたタケルが、グラスに入った琥珀色の液体をぼんやり眺めながら静かに語った。
「俺、まだデルタに入ったばっかの頃、C4(プラスチック爆弾)の扱い方が雑だって、グレンにメッチャ叱られたことがあってさ。俺的には教官に教わったとおりやってたつもりだったんだけどさ、実戦ではそんなやり方通用しないって、言われて、けっこうムカついてブータレてたんだ。でも、グレンが訓練の後近づいてきて、イチから丁寧に教えてやるって言われてさ。あれはものすごくためになった。任務を遂行するたび、あの時グレンが要領を得た教え方をしてくれたことがわかっていったから。ほんと、感謝してるよ」 「C4は豆粒ひとつの大きさでも物凄い破壊力だからな、一人がその扱いをミスればチームごと壊滅することになりかねない。だからグレンはお前に要領と手際と慎重さとを学んでほしかったのさ」
 ジョイスがタケルの言葉に応えた。
「グレンだったら今頃はとうにこのグラス6杯目はいってるかな」  
未だ半分も減っていないビアグラスを眺めてダンが続ける。
「あいつがいないと、あんまり美味くないな」

 しばし3人は沈黙していた。それを破ったのはダンだった。ダンはそのクリクリっとした大きな目で何度も瞬きをし、空のグラスを眺めながら呟くように言った。
「グレンの奴は即死で逝っちまった・・・けど、オレ、あの状況で自分が何でまだ生きていられてるのか、不思議でしょうがないんだな」  
ダンの言葉を受けてジョイスが低く押し殺したような声で言った。
「俺もお前とずっと同じこと考えてた。何で、あの状況下で嬲殺しにされずに済んだのか、って・・・」
 ジョイスはその涼やかな碧い瞳を曇らせ、俯き加減で当時のことを思い返した。 あの時・・・  

 ブラック・ホークの回転翼・・・あの、けたたましい爆音と共に、ジョイスの脳裏に戦慄の記憶が蘇ってきた・・・  

 簡単に終える任務のハズだった。敵対国にてアメリカに歯向かう政治家を一人逮捕するだけの、ほんの数十分で終わる単純で簡単な任務のハズだったのだ。それがあの時・・・住民がロケットランチャー・RPGでもって攻撃してくるなんて・・・犯人を移送するための特殊ヘリ、ブラック・ホークが墜落するなんて・・誰が予見出来ただろう・・・。  デルタチームが墜落現場に到着した時、既にパイロットはパラシュートにて脱出し無事だった。その事後処理として、ブラック・ホークに群がる野次馬住民を蹴散らし、ジョイスとタケルがヘリの外で住民を寄せ付けないよう威嚇射撃をしている間、グレンとダンは、米軍が誇る最新鋭ヘリに搭載されたブラックボックスと機密データの入ったICチップの取り外し回収作業に入っていた。グレンがヘリに爆弾を仕掛ける準備に入った、その時、突如数百人は優に超える民衆が津波のようにヘリの周りに押し寄せてきたのだった。ジョイスとタケルはヘリの出入り口まで後退を余儀なくされ、威嚇を続けるも、民衆は引くどころか威勢を増してどんどんヘリに近づいてくる。これではヘリを爆破しても逃げることが出来ない! 

 ここでジョイス、タケルはヘリの中へ避難することを余儀なくされてしまった。既に逃げ場を失った四人は、絶望の淵に立たされていた。すぐさまジョイスがヘッドセットのインターコムから救援部隊を要請すると、車両部隊が救出に向かっている、あと七分ほどで到着する、とのことだった。七分ももつだろうか・・・? 誰もがそう思ったが、心配している暇などない。
 墜落したヘリの中から必死に応戦するも、敵対する米兵の姿を見て興奮し、暴徒と化した民衆が次々押し寄せてきて、あっという間にヘリは民衆に包囲された。
 ピストルを持った少年のひとりが勢いよくヘリに乗り込んできたかと思うと、グレンの眉間を至近距離から撃ちぬいた。すぐ傍にいたダンが叫び声をあげ、タケルが応急措置を施そうと、グレンのヘルメットを外すも、既にグレンはこと切れていた。後方にいたジョイスがすぐに少年を射殺。それを見て更に怒り狂った民衆がジョイスとダン、タケルに襲い掛る。今度はタケルが
「クソッ! 撃たれた!」と、叫び声を上げる。ダンが慌てて応急処置をしようとするも、後から後から襲いくる敵の掃射に振り向くこともできやしない。フルオートにした銃声に負けないくらいの大声でダンはタケルに向かって「傷は? 重症か? 」との問いかけに、タケルは「大丈夫! まだ戦える!! 」と叫び返した。

 交戦規定では掃討するにあたって、まずピストルや銃を持つ者を瞬時に見分け銃器による脅威を排除していく。 通常は。
 しかし・・・もはや半狂乱となった民衆に武器の有無など関係なかった。そこには殺意の脅威以外、何も残されてはいない。ナイフであろうが、鉈であろうが、素手であろうが、もはや米兵を殺すこと以外、考えてはいないのだ。  近づきつつある死への恐怖を払拭すべく、デルタ隊員たちは、銃で掃射するも、前方の人間が倒れるとまとすぐ次から次に民衆が前に出て、ジョイスとダン、タケルの3人に襲い掛る。ある者はナイフを持って、またある者は素手で・・・撃ち殺しても撃ち殺しても、次から次に民衆がどっ、となだれ込んでくる・・・彼らは銃で撃たれることを、死を、まるで恐れてはいないのだ。何百発銃弾を撃ち込もうと、彼らはゾンビのように襲ってきては掴みかかってくる。

 やがて・・・予備の銃弾も尽き、3人のデルタ隊員たちの命運も尽きようとしていた。銃が使えなくなったなら、最後はナイフで応戦し、少しでも長く時間を稼ぎ、生き延びるチャンスを待つ。その間に、仲間が、QRF(救援即応部隊)が必ず助けにやってくる! そう信じながら。決して生き延びることを諦めてはならない。何としても生還するのだ! 特殊部隊員である彼らは訓練で日々そう叩き込まれているから、最後の最後まで死を寄せ付けるスキを与えてはならないことを心得ている。しかし・・・グレンは既に戦死し、タケルも負傷している・・・数百人の暴徒と化した市民に包囲され、銃弾は使い切ってしまっている・・・孤立無援状態に立たされた3人は最後の最後までナイフや拳で反撃するも、あっという間に大多数の民衆に飲み込まれてしまったのだった。

 3人は今でも、あの地獄のような出来事を思い返すと、視・聴・覚それぞれから、地元民の罵声や饐えた臭気、汗と熱気と体臭、吐きかけられる粘度の高い唾や口臭等が鮮明に蘇り、吐き気と身震いという具合に、激しい拒絶反応が現れるのだった。現にダンは、今飲み干したばかりのビールが逆流してくるのを必死に耐えていた。ジョイスは背中から尻にかけて冷たい汗がつぅー、と一筋流れるのを感じながらも更なる記憶を辿っていった。  

・・・最後に覚えていることといえば、全身をメチャクチャに殴られ、蹴られ、顔には臭くて粘っこい唾を吐きかけられ、装着していたヘルメットや防弾チョッキ、戦闘用ブーツ、戦闘服が乱暴に剥ぎ取られ、あらゆる罵声と歓声が上がる中、荷台か何かに縛り上げられたところで、後頭部に激しい衝撃が走って、そこから記憶が途切れたのだった。

 気が付いたら、後方キャンプの医務室のベッドにいた。 薄眼を開けて見ると隣のベッドにはダンが横たわっていた。グレンは戦死し、チームは壊滅、任務は失敗・・・夢なら、悪夢なら、さっさと覚めてほしかった。しかし、身体に残された痛みと夥しい数の傷跡が、あの地獄のような恐怖を現実のものだったと証明していた。こうして3人、生きていること自体、奇跡に近い。もし、仮に生きていたとしても、奴らに捕まって散々痛めつけられ捕虜にされていただろう。あの、絶望的な状況下から、一体どうやって脱出できたのだろう? あの後すぐにQRFが飛来してきて助けてくれたのだろうか。否。記憶が途切れる寸前、縛り上げられたとき、最後に視界に映った青い空には、ヘリの一機どころか、雲ひとつ見えなかった。ただ、崩壊しかけた電柱のてっぺんに黒い大きな鳥のようなものが止まっていて、じっとこちらを見下ろしていたような・・・否、ただの錯覚か・・・。

 救出された当初はとにかく、無事助かったことにみんなが安堵していた。しかし、誰がどのように助けてくれたのか、という疑問に及んだ時、QRFはもう一機別のヘリ墜落現場に向かっており、自分たちの救出には車両部隊が地上から向かっていたものの、地元民兵の妨害と市街地のバリケードに阻まれ、救出には間に合わなかったという。車両部隊が現場に到着した時点ですでに、デルタ隊員の姿はなく、略奪と破壊行為後のヘリの残骸だけが遺されていた、と部隊長が証言している。では、誰が我々を救出したのか? その英雄的行為に当てはまる部隊も人物も友軍には見当たらなかった。誰がどのようにして治療現場に運び込んだのか、ということも衛生兵や医師、看護師でさえ誰一人目撃した者がいないのだ。キャンプ内の医務室に、気が付けばそこに身包み剥がれた状態で負傷したダンとジョイスが横たわっていたのだ、と。
 何度記憶を辿り考えても、自分たちが助かったことが不思議だった。なぜなら、あらゆる事象に於いてつじつまが合わないのだ。その後も、何とかベッドから起き上がることが出来、任務終了後のブリーフィングで、どういういきさつで後方キャンプまで辿り着いたのか、という質問には答えられずにいた。
 ただ一人を除いては。

「そう、思わないか? タケル」
 ジョイスは鋭い眼差しをタケルに向けた。タケルはその碧眼をまっすぐ見据えながら言った。
「だから、俺たちを助けたのはアイツだよ。ヴァンパイアさ」
 それを聞いてダンが静かな引き笑いを発した。
「ヴァンパイアだって!? あの伝説の? 奴が俺たち三人を助けてくれたっていうのか? お前さん、まだそんな寝言みたいなこと言ってんのかい? 」  
〝伝説のヴァンパイア〟とは紛争地で闘う米兵や、CIA工作員の間で語り継がれる伝説のヒーローのことである。通常、物理的に脱出不可能な状況下や絶体絶命の場面に於いて、死の寸前に現れて救出してくれるヒーロー。
だが、決して公の場には姿を見せず、救出された者だけが後になって、そういえば・・・、と曖昧な記述から判明することが多く、故に実在するヒーローとは言い難い存在なので確証も根拠も何もない。だが、今回のデルタ隊員救出劇のように、生きて脱出できる方がおかしい、という状況下で生還する米兵や工作員が後を絶たないことから、生還した当人の証言も含めて信憑性がある、として米兵や工作員の間では伝説のヒーローとされているのである。危険任務に就く米兵の中には、ヴァンパイア崇拝者と呼ばれる者も多く
「俺たちにはヴァンパイアがついてる! 」「ピンチの時には必ずヴァンパイアが助けてくれる! 」と、タイトな戦闘時に謳う者もいるほどである。CIAが彼に熱心なラブコールを送ってコンタクトをとり、好条件で工作員に勧誘している、といったジョークも出るほど、近年、地味に人気を集めているヴァンパイアだが、米軍ばかりを援護するのかといえばそうでもなく、中東やアフリカ、極東のあちらこちらの軍隊や民兵組織の間にも似たようなエピソードがしばしば語られるそうだから、ヴァンパイアが固有の実在する人物なのか、グループ組織で活動しているのか、はたまたゴシックホラーのモンスターなのかは定かではない。また、救出する基準も、政治やプロバカンダに左右されることもなく、ヴァンパイア独自の判断基準や価値基準があるのかないのか、たまたまその場に居合わせていなかっただけなのか、間に合わなかっただけなのか、皆が皆助けてもらえるワケではなく、機密任務に就き、救出されずに極秘裏に抹殺される者がいるのも現実。ただ、幸運にも救出された者の証言を集めてみると、その容姿だけは共通していて、あながちただの噂でもなさそうなところがまた、人々の興味と関心を惹きつける要因となっている。

 証言者によるとヴァンパイアは、長身で細身の若い男性で、病的に青白い肌をしており髪の色は漆黒、常に黒いサングラスを装着しているため、瞳の色や人種はわからない。極寒の地であれ、酷暑の地であれ、常に上質のスーツを着用している、という。そんな姿では激戦地や紛争地、戦闘地域で異様に浮いて見えて目立つハズなのだが目撃した者はほとんどおらず、ミステリアスなところが伝説のヒーロー説に拍車をかけているのだろう。ヴァンパイアという呼び名は、その容姿と神出鬼没なところからつけられたようだが、昼夜を問わず現れ、実際に生き血を吸われた、という報告も出てはいない。しかし近年になって、彼が出現した周辺施設では、医療処置用の人工血液パックや血清が大量になくなっていた、という報告も出ている。

 果たして、彼は本当に実在するヒーローなのか、本物の吸血鬼なのか、ただの噂話なのか・・・? そして、実際に起こった今回のデルタ隊員の奇跡の生還劇。この奇跡的な生還を、真っ向から、ヴァンパイアによるデルタ隊員救出、と証言したのがタケルだったのである。

 ダンとジョイスが医務室に収容されたその六時間後、タケルは友軍キャンプにひょっこり姿を現し、銃創の治療を受けたのだった。そして敵に見つからないように廃屋の地下にグレンの遺体を隠してあることを部隊長に告げ、翌日、車両部隊で遺体回収に向かうと、タケルの言ったとおりグレンが、遺体損壊もなく、戦闘時と変わらぬ姿で見つかったのだった。その後のブリーフィングで、タケルが自分たちはヴァンパイアに助けられた、と証言し、グレンの遺体は敵による遺体損壊を避けるため、予めヴァンパイアが隠してくれていたこと、ヴァンパイアがあの怒り狂った民衆の渦からデルタ隊員を救い出し、背負って飛翔しながらキャンプ地へ送り届けたこと、ダンとジョイスを運び終え、少し疲労の影が見え始めたヴァンパイアがタケルを送り届ける途中で休憩をとり、その際に会話を交わしたこと・・・等を詳細に語ったのだった。

 しかし、米軍の中でも超エリートばかりが集まる対テロ戦特殊部隊デルタフォースに於いて、噂だけで確証もない伝説の人物に助けられた、などという事後報告は前例がない、というより通用しない。少数精鋭のエリート部隊のプライドが、軍人だか民間人だか幽霊だか、どこの馬の骨ともわからぬ人物に超人的な力で〝助けられた〟ということが受け入れられないのである。何より、原因と結果にこだわり、科学的、物理的根拠がないものや感情論を受け入れる余地はない、というのが部隊の基本的理念にある以上、タケルの非現実的な証言は慰留され、専門医によるカウンセリングを受けるよう勧告されたのである。ヴァンパイアを見た、というのがタケルのみならず、ダンとジョイスも同様の証言をしていたのならば、部隊はまた違った見解を示したかもしれない。がしかし、実際はダンもジョイスも気を失っていて、医務室に運ばれるまでの間、何が起きていたのか知る由もなかったのだから、フォローの仕様がなかった。

「笑いたければ笑うがいい。オレは真実を言ってるだけだ。イカレタ訳でも、頭が涌いてる訳でもない! 」
 タケルはその切れ長の目をナイフの様に鋭くして、厳しい口調で言った。
「お前はあの半狂乱の地獄を体験してPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患ってるのさ」
 ダンがタケルを見ながら、深刻な表情で苦しげに押し殺すような声で言った。
「違う! PTSDでも鬱病でもなんでもない! オレは奴と遭ったんだ。そして実際に会話も交わした。俺が思うに、きっとヴァンパイアっていうのは軍部に近い関係者か、元軍人か工作員だ。部隊名や階級を表す徽章も何もつけていないのに、あいつは俺たちがデルタの隊員だってことを知っていた。それだけじゃない、グレンをKIAだ、って軍事用語で説明したし、ソマリアやファルージャでの遺体損壊事件を知っていて、オレがグレンの遺体のことを気にかけているのをわかってたんだ! 」

「なぁ、タケル、もし、本当に俺たちを助けたのがヴァンパイアだとして、なんで助けてくれたんだ? あんな危険を冒してまで俺たちを助けるメリットは何だ? 」
 興奮気味に話すタケルにジョイスが静かに問いかけた。
「さぁ・・・理由は・・俺にもよくわからないけど・・・きっと、孤立無援で応戦してるオレたちが、相当気の毒に見えたんだろう? 」
 タケルの言葉が少しトーンダウンした。 「気の毒だって!? 多勢に無勢を見かねたヴァンパイアがお情けをかけてくれたって言うのかい? 」
 今度はダンが呆れたように発しタケルを見た。
「だから、俺にも理由なんてわからないさ。礼を言ったついでにあの時、訊いておけばよかったよ」
 タケルは膨れっ面になった。

 タケルの証言はにわかには信じられなかったが、日本人特有の生真面目な勤務態度や彼の実直な性格、誠実さからしてダンもジョイスもタケルが嘘をついているようには思えなかった。しかし、噂に聞く細身でスーツ姿の男が百キロ超えのマッチョな大男三人を背負って、約千キロ半の距離を三往復もできるだろうか? 途中で待機させていたヘリに乗せたのかもしれないが、タケルはそれはない、と断言している。  タケル曰く、ヴァンパイアは俊敏な動きで、民家の屋根から屋根へ、木から木へと飛翔を繰り返しながら、最短ルートでキャンプ地まで移動していった、らしい。が、そんなこと、現実可能だろうか? それならば、新たな仮説として、あの暴徒と化した民衆の中に友軍兵士か、もしくは米兵に好意的な住民が混じっていて、混乱のどさくさに紛れ助け出してくれた、という説の方がより現実的ではないか?
 しかし、反米感情丸出しのあの殺気だった大多数の中から、四人を逃すということが可能だろうか? 友軍、親米派、ヴァンパイア、どれをとっても納得のいく説明がつかず、つじつまが合わない。一体ぜんたい、俺たちはどうやって生きて帰ったんだ? まるで目の前で完成出来ないパズルをいつまでも広げ、腕組みをしながら考え込む、そんな繰り返しのよう。ジョイスはもうお手上げ、といった様子で茶化して言った。
「タケルの言ってることが本当なら、俺たちはヴァンパイアに命を救われた、ってことになる。見返りに生き血を吸いにやってくる、なんてことないだろうな? 」  

 そこで三人が常に持っているGPS携帯が一斉に鳴り響いた。それは部隊からの招集合図である。
「クソッ、グレンの死を悼むヒマも与えちゃくれねぇ、ってことか」
 ダンがボヤきジョイスが合わせる。
「グレンの奴が、さっさと働け、って言ってるのかもよ」
「オレはまだ傷口が塞がってないっていうのに、まったく、人使い荒いな~ 」
 とタケルが文句を言う。しかし三人の表情はすっかり精悍な仕事モードに切り替わっていた。
仲間が戦死したところでいつまでもクヨクヨしてはいられなかった。世界は常に動いている。対テロ戦特殊部隊にとって国の脅威に直結する危機を未然に防ぐ使命が最優先なのである。

レディー・K

アメリカ ノースカロライナ州 フォート・ブラッグにある米軍特殊作戦部隊の本部。
統合特殊コマンド 第一特殊作戦部隊デルタ分遣隊、通称〝デルタフォース〟はこの陸軍特殊作戦軍基地の一角に存在する。  
 対テロ作戦を遂行するハイレベルな特殊部隊である。機密作戦を扱うために、その内部は非公開、訓練施設なども厳重に護られ情報の流出を防いでいる。  
その、分厚いコンクリートの壁で隔離された建物の一室に、招集を受けたタケル、ジョイス、ダンが入っていく。作戦開始前のブリーフィングである。  
机にパイプ椅子、ホワイトボード、ノートPCしかない殺風景な部屋に筋肉の塊のような大男三人が腰を下ろすと、部屋は一気に室温が上がりむさ苦しい情景に様変わりした。そこへ、これまた三人に負けず劣らずの鋼のような筋肉質のジョーンズ指揮官が入ってきて、室内はこれ以上ないほどの圧迫感に満ちていた。  
きれいに刈り込まれた金髪頭のジョーンズ指揮官が手元のノートPCを操作しながら、作戦内容を説明し始めた。
「近年、南アフリカで発足した民間軍事請負会社※(6)『K,sミリタリーカンパニー』が今年に入って数十回に及ぶ武器の購入を繰り返している、との報告がCIAの情報筋から入ってきた。相手先は主にパキスタンやイランの武器商人やブローカーを介してクゥエート経由で輸送を行っている。判明しているだけでも、戦闘用ヘリや装甲車、水陸両用戦車にミグ戦闘爆撃機、駆逐艦、空母に至るまで、優に一個大隊は壊滅できる量の武器と装備だ。国際安全保障の担当官と南アフリカ政府が同社に問い質したところ、〝部族紛争や内戦が起こった際、クライアントの要望に即座に対応できるよう、会社として先行投資しているまでだ〟との答えが返ってきた。では、安全上の武器の数や装備、人員など、正確な数を把握し、管理状況を確認したい、との申し入れをしたが、これに対しては未だに回答は得られていないそうだ。これだけの数の武器を準備して、奴らは戦争でもおっ始めるつもりなのか、テロ目的なのか、石油プラントや鉱山を襲撃して奪う計画なのか、それとも、近年アフリカへの進出が著しい中国政府が絡んでいるのか、資金源は何処からでているのか、ISやタリバンとの関連性はないのか、輸入した武器や装備は何処に配備しているのか、合衆国に流れ込んではいないか、人員とその戦闘スキルはどれくらいなのか・・・・とにかく謎だらけの会社だ」  
ここまで一気に説明をすると、ジョーンズ指揮官はそのブルーグレーの瞳を三人に向け、忙しなく部下の様子をひとりひとり確認し、更に続けた。
「そこで、奴らの真の目的は何か、そちらを探る一方で、代表者である〝レディー・K〟なる人物の調査を今回君たちに任せたい」  
ダン、ジョイス、タケルの机の上にそれぞれ用意されたノートPCの画面には、CIAの機密情報からひっぱてきた『K,sミリタリーカンパニー』の調査概要が表示されていた。

K,sミリタリーカンパニー 職種 PMC(Private Military Company)
資本金 約三十五億ドル(推測) 南アフリカ プレトリアに本部事務所を構える。
2009年に解散したPMC・ブラック・ウォーターUSAの元幹部やコントラクターを大量雇用したとされる(推測)
代表者 レディー・K   
本名、性別、国籍、職歴、家族、不明  指紋及びDNAの採取 なし  
当人を映した写真および映像 なし
「何だよ、コレ。不明とか推測ばっかじゃねーか! 」  
ダンが思わずツッコム。
「だって、代表者のレディー・K、って奴は性別まで不明、って・・・レディーって名乗ってるからには女だろうが! 」  
タケルもツッコミを入れた。
「いや、それはわからんぞ」とジョイス。 「だって考えてみろよ、中東の武器商人と対等に渡り合おうって奴に女では無理だ。もし仮に、世渡りと商売上手な女だったとしても男装してるか、或いは・・・元がとても女とはみえない容姿をしているか、だろう」
「うぇ~・・・一気に興味失せてきたな」  
黒く太い眉を寄せながらダンが言う。
「レディーと取引をした武器商人をあらえばいいんじゃないの? 」  
タケルがそう言うとジョーンズ指揮官は渋い表情で
「それは今CIAがやっている。だが、奴らもいい顧客の情報をそう易々と流してくれるほどお人よしではない」  腕組みをしながら応えた。
「レディーが直接買い付けと交渉に現れるワケではない、とか」  ジョイスが続けると、
「元の姿が判らん以上、本人による変装なのか代理人なのかも判別できない状況だ」  ジョーンズ指揮官が顎に手を当て溜息交じりに言う。タケルがノートPCをいじりながら
「〝レディー〟といえば〝ガガ〟しか出てこないぜ」  と茶化したように言った。
「まったく、謎だらけの人物だ。まずはこのPMC代表者であるレディー・Kから洗いざらい調べてほしい。このとおりCIAも写真一枚はおろか、その姿すら確認できていない。どうやら死亡した ウサマ・ビン・ラーデン※(7)よりも謎めいた私生活を送っているようだ。とにかく、南アフリカにある事務所を張って、彼、もしくは彼女の映像、写真、ビデオ、指紋、体液、銀行預金口座、クレジットカードの使用歴、或いは、レディーを知る者、接触する人物、何でもいい、情報を集めろ」  
そう言ってジョーンズ指揮官は三人に指示を出した。
「やれやれ・・・また、アフリカかよ・・・」  
胃酸が上がってくるのを感じながら、ダンはうんざりした様子で呟いた。ジョイスとタケルは深い溜息をついた。

南アフリカ共和国 プレトリア リトル・チャイナタウン

「リトル・チャイナなんて呼ばれてるけどさ、ほとんどチャイナだな」
 すれ違う多くの中国人を見て、タケルが自転車を押し歩きしながら言う。
「経済発展が著しい上に、人口も爆発的に多いからな、あの国は。アフリカ大陸を食い潰す勢いで押しかけてきてるんだ」  ジョイスがGPS携帯をいじりながら答えた。
 アフリカ大陸では多くの中国人がビジネスネットワークを広げている。
天然資源が豊富なこの大陸に新天地を求め、中国大陸から次々とやってきては事業を広げているという。十年以上も前から貿易が盛んだった両国は、ここ数年の中国の経済発展の急成長によって、アフリカ大陸はあと数十年先で第二の中国大陸になるのでは? といった危惧する声さえ出てきている。それは、現地の人間と共同で開発・発展していこうという日本企業の考え方とは全く異なるものだ。ひとたび中国人がビジネスを始めると、現地の人間を排除し地元の会社経営や商売を悉く潰してゆく、或いは、劣悪な雇用状態で現地の労働者を酷使する・・・そんな強引で横暴な社会主義国である中国人特有のやり方が反感をかっているという事実が背景にあるからだ。それほどに、今のアフリカ大陸は中国人による資源搾取が著しいのだ。

「確か、この辺りにあるハズなんだが・・・」  そう言いながら、ジョイスは『K,sミリタリーカンパニー』のオフィスの位置をGPS携帯で確認していた。
 デルタの三人は、いかにも、な観光客を装っていた。
 メキシコ系アメリカ人のダンは、原色を使った幾何学模様のド派手なシャツにビンテージジーンズをはき、メキシカンかプエルトリコに成りきっていた。よく陽に焼けた浅黒い肌と大きな黒い瞳、短髪にしているが根元からカールした黒髪などから、情熱的なメキシカンダンディーを気取っている。一方、ジョイスは刈り上げた金髪、白のジャケットにデニムを合わせ、その涼やかな碧い瞳は黒のサングラスで覆っていた。小奇麗な欧米人観光客、と言いたいところだが、ジャケットやデニムの下にある鍛え上げられた筋肉は隠しようもなく、西海岸からやってきたスポーツマン、といった感じだ。日本人のタケルは、三人の中では一番小さい方だが、それでも優に180センチはある身長と、こちらも日々鍛え上げられた筋肉とでダンとジョイスにも引けを取らないマッチョな体型。ただ、ダンやジョイス、ジョーンズ指揮官のように鋼のような硬い筋肉の塊というよりは、鞭のようにしなりのあるマッチョである。そんなタケルは、黒のポロシャツにチノパンツといった当たり障りのないカジュアルウエアでバックパックを背負い、折り畳み自転車を手押しして、旅慣れた日本人観光客を装っていた。
が、こんなガタイのいい三人が揃って街中をブラブラ歩いていると、一般人観光客というよりもスポーツインストラクターたちがどこかの国際大会に参加するためやってきたのか、というようにかえって人目を引くのだった。現に、通りすがりの中国人や地元の人々は、ほぼすれ違いざま彼らを二度見している。そんなことはお構いなしにデルタの三人は目的地である『K,sミリタリーカンパニー』のオフィスを探し歩いていた。
 住宅地へと続く狭い路地をいくつも通り抜け、大通りに面した街路をまっすぐ進むと、はたして目的地に到着した。コンクリートで打ちっぱなしのデザインが印象的な真新しい高層ビルが、ボロイ低層ビルと集合住宅の間に挟まれるように建っていた。『K,sミリタリーカンパニー』のオフィスは、そのデザインビルの最上階に構えていた。
「どうする? 出入り口を見張っていてもターゲットの性別も国籍も顔も判らないんじゃあ、意味ないんじゃないのか? 」
 カラフルなシャツを着たダンが観光客を装い、デジカメを構えながら言う。それから何気なく街並みを撮る風を装い、ターゲットのオフィスビルを撮影していった。ふいにダンがタケルの方にカメラを向ける、すると、タケルは日本人観光客風ににっこり笑ってピースサインをしながら言った。
「知り合いのフリして正々堂々とレディー・Kさんいらっしゃいます? って尋ねていくとか? 」
「それで出てきてくれりゃあ、苦労しないんだがな。そもそも奴はココにいるのか? 」 とジョイスが何気にポケットから取り出したリップクリームを唇に丁寧に塗り込みながら言う。それを見たタケルは 「まーったく、いつでもどこでも持ち歩いててさー、そんなに乾燥して荒れる? 」
 ゲンナリしながら言うと、ジョイスが 「るせぇ、オレの唇はデリケートなんだ」  とやりかえす。そのやり取りを見ていたダンは 「いっつもいっつも女みてぇにツヤピカな唇してさ~、お前さん、一体何期待してんだ? 」  とニヤニヤしながらジョイスの口元を見ていた。
「るせぇ! これは任務に集中するためだ。粗野で無神経なお前らには分からんかもしれんがな。デリケートなオレ様は、口角や唇が荒れて切れたらその痛みで苛々して任務の妨げになるから、こうして日々ケアしているんだよ! 」  心外だ、とばかりにジョイスは憤慨しながらリップクリームをジャケットのポケットに納めたのだった。その様子にタケルが肩をすくめるとダンが咳払いをひとつしてから 「とりあえず、裏口があるかどうかも確認しとこうぜ」  そう言って雑居ビルとの間にある細い通路に入っていった。タケル、ジョイスも後に続いて行った。
 ビルの裏側に回ると、壁に沿って螺旋状の非常階段が設置されているのを確認。すると同時に、その螺旋階段を疾風のごとく駆け上ってゆく黒い物体が見えた。それは、最上階に到達すると、屋上にあるエアコンの大型室外機の影に隠れて見えなくなってしまった。
「あっ! 」  タケルが思わず声をあげる。
「何だ? 今の、鳥か何かか? 」
「人にしては動きが素早過ぎるな」
 ダンとジョイスが口々に話し出す中、タケルだけは確信を得ていた。一瞬の出来事だったが、あの人間離れした俊敏な動き、細身の黒い影・・・間違いなく、あれは・・・
「アイツだ、〝ヴァンパイア〟だ! 」  タケルの発言にジョイスとダンは耳を疑った。
「何だって? 」
「本当にさっきのが、〝ヴァンパイア〟だったのか!?」
「ああ。間違いなく、アレは奴だ。俺にはわかるんだ」
 タケルはヴァンパイアが見えなくなってしまった屋上をまっすぐ見据えながら言った。
「ココで何してるんだろう? ひょっとして、レディー・Kと関係があるのかもしれんな」 
 ジョイスが言いながら携帯で「レディー・Kのオフィス前にて〝ヴァンパイア〟とおぼしき人物を目撃」と入力し本部に送信した。

弟弟子との再会

「レディー、注文されていた刀が本日、日本の名工より納品されました。どうぞお確かめください」
 長身で細面の男が自身の身長の半分はあろうかというほどの長い段ボール箱を携えながら言った。
「御苦労、レン・リー。そこに置いて」
 レディー・Kは窓辺にある机を指差しながら言った。
レン・リーと呼ばれたその男は指示通り、荷物をそこへ置くと、 「レディー、日本刀なんて今どき何のために使うのですか? 」と尋ねる。
「色々と準備に必要なのよ」とレディーがその豊かな長い黒髪をかきあげながら応えた。
「準備、って、術を施すためのものですか? ならば私にも手伝わせてください」
 レン・リーはレディー・Kに頼むも 「ダメよ。あんたにはまだ無理」とそっけない。
「ならば、レディーが術をかける工程を見ていてもよいでしょう、そこから私も学んでいきます」
「いいえ、集中できないから無理」  レディー・Kは紅く縁取った細い切れ長の目でレン・リーを睥睨するように応えた。
「レディー、いつになったら私はあなたから術を学ばせてもらえるのですか? 」
 苛々した様子でレン・リーが言う。
「そのうちに、ね」
「そのうち、そのうちって、以前もそう言ってはぐらかしていたじゃないですか! 私はあなたの術を傍で見ながら学びたい、だからこうしてあなたにお仕えしているというのに・・・」
 そう言ってからレン・リーは、しまった、と我に返った。そして、無意識のうちに注視していたレディー・Kの白く華奢な首元から慌てて目を逸らしたのである。
  朱色の天眼石。
彼女はこの石を一粒の丸玉アクセサリーに加工し、ネックレスと左耳のピアスにして常に身に付けている。英名は〝アイアゲート〟。メノウの一種で、古来より魔除けとして親しまれている石である。その目玉のように見える独特の模様から、第三の目の役割を果たし、万物を見通す強力なエネルギーによって、悪事や災難をはね返す力があるとされている。チベット宗教の宗主ダライラマ14世がノーベル平和賞受賞時に黒い天眼石を身に付けていたことでも有名なパワーストーンでもある。一般的には黒色が主流だが、レディー・Kが付けているのはまるで血のような赤い天眼石だった。否が応でも目を引く赤い輪型の模様。まるで血走った目玉のように見えるこの石に、レン・リーも思わず引き込まれそうになったのである。
 レディーのように強力な呪力を持つ者が身に付けている装飾品には大概、何らかのパワーが込められているというもの。現にレン・リーはレディーの付けているネックレスとピアスに目が釘付けとなり、次第に言いたいことが口から出てこなくなってきたのであった。
「おだまり! その時期は私が決める。不満なら出て行ってもかまわないのよ」
 レディー・Kの毅然とした態度にレン・リーは唇を噛みしめ、天眼石の魔力からか、反論も出来ず渋々部屋を出たのだった。
 優に190センチは超える細身で長身の男は怒りに震えていた。肩幅と胸板が張った逆三角形の理想的な体型の持ち主である。東アジア人特有の細い目、低い鼻、と顔立ちこそ凹凸の少ない平たい印象だが、短髪にした黒髪を整髪剤を使い頭頂部に立ち上げる、流行の髪型とモデルのようなスタイルに恵まれたこの男は今、屈辱に耐えかねていた。
「クソッ、レディーめ、あの傲慢な女狐! とことん値打ちをつけやがって。一体どれほどの妖術が使えるというのか・・・まぁ、いい。しばらく様子をみて奴がどんな術を使うのかとくと観察していくとしよう。それで大した術も使えないようなら我が呪術にて邪気を注入しくれてやるからな、覚えていろよ!」
 レン・リーはレディー・Kがいる部屋の扉を一瞥し、不敵な笑みを浮かべてから去って行った。

「フンっ。青二才の道士のくせして、生意気な」
 レディー・Kはレン・リーが机の上に置いて行った荷物の梱包を解きながら呟いていた。厳重に幾重にも緩衝材に包まれたものを解いてゆき、ようやく木箱に収められた日本刀が出てきた。竿から抜くと、刃が蛍光灯の光を受け鈍く光り、振り下ろすと、鈍い光が一筋の弧を描いてゆく。刀本体には見事な八匹の蛇の姿が浮かび上がるよう、精巧にエッチング加工が施されている。
「お見事・・・注文通りの見事な出来だわ。さっすがメイド・イン・ジャパン。大枚はたいて伝統ある名工に特注した甲斐があるってもんよ。日本製以外ならこうはいかないわね」
 レディー・Kはその白い華奢な手を刀の柄にあてた。そして心底感心しながら日本刀をかざしては惚れ惚れと見上げ、何度か振り下ろしたり、観葉植物の葉を切って落としたりを繰り返した。やがて、満足したように刀を竿に戻し、奥の部屋に予め用意していた巨大な火鉢の前に持って行った。
 火鉢の周りには、とぐろを巻いたままミイラ化した蛇が八匹、ぐるりと取り巻き、香が炊かれていた。
 レディー・Kが再び刀を竿から抜き、火鉢の上に乗せた。鉢の中はまるで活火山にあるマグマが溢れんばかりに真っ赤に燃え盛り、鉢の外に飛び出しそうになる度、小さな火柱を上げていた。熱を帯びた日本刀がみるみるうちに真っ赤に色つきはじめると、レディーは火鉢の中にミイラ化した蛇を八匹次々と投げ入れた。そして鉢の前に鎮座し、両手を合わせ、人差し指と中指を立てながら、静かに低く唸るように呪文を囁く。すると、やがて刀にエッチングされた八匹の蛇が炎の中から浮かび上がってきたではないか。
 八匹の蛇の頭が交錯しあい、胴体が一つに重なり合った瞬間、一心に呪文を唱えるレディー・Kが目を見開き「喝! 」と叫んだ、その時だった。火鉢の中のマグマが一気に吹き出し、辺り一面に炎の飛沫が迸った。火が燃え広がって、火事になる! と見えた途端、報知器がけたたましい音を発し、天上のスプリンクラーが作動し、今度は大量の水が注がれ、炎はそれ以上広がることなく、やがて消えて行った。
「一体、どういうことよ!? 」
 レディー・Kはずぶ濡れになりながら辺りを見回す、と、そこには、病的なまでに白い肌をした黒装束の男が立っていた。

 ヴァンパイアの後をつけていたデルタの三人は、頑丈なセキュリティーの非常扉を開くのに苦労していた。そこに、突如鳴り響いた報知器の音。驚いたのもつかの間、非常扉のロックがあっさり解除され、ビルの中に居た人間が避難するため次々と外に飛び出していったのである。三人は思わず顔を見合わせた。

「ふふふ。弟弟子に会うのは何十年ぶりのことかしら。懐かしくて涙が出そうよ」
「お久しぶりです。兄上殿」
「姉、よ! あたしはあんたの姉弟子! ・・・ったくひねくれた性格は相変わらずね」
「兄上こそ、短気で自己中心的なところは相変わらず」
「うるさいっ。それで? 何であんたがココにいて、あたしの邪魔をするワケ? 」
「兄上は、如意法術を使い何かしらよからぬことを企んでいる、との噂。真意を確かめに参りました」 「そんなデマ、一体どこから来たのかしらねぇ。まったく、身に覚えがないんだけど。ただの噂よ。
下種の勘繰りはお止めなさい」
「天上に妖気が漂いはじめています。これは天界の如意法術を下界で乱用した際に現れる警告の証。もし、地上に禍をもたらすようなことがあれば、その術を永久に封じなければなりません」
「へぇ~。それで? あたしの術をあんたが封じると? 笑わせないでよ。だいたいね、あたかもあたしが地上に禍をもたらしたかのような言いぐさだけど、大禍津日神(おおまがつひのかみ)や大綿津見神(おおわたつみのかみ)に命じてどデカイ禍を起こしたのは一体どこの誰よ! 御覧なさい、あの大地震と大津波で、日本国民は未だ立ち直れていない窮状を! 」
「・・・・・・・・・・・」
「ねぇ、ほんの数十年前、あんたとあたしは真の求道心と天界への好奇心から天庭の書院にこっそり忍び込んで、禁じられていた天上界の秘書物『如意法術』を覗き見しようと試みた。が、玉(ぎょく)の函に保管されていたそれは蓋が寸分のズレなくピッタリとくっついていて、開ける方法がわからなかった。
 そこで、あんたとあたしとで師である観音菩薩の真言を口にし、書物を見ることは決して邪な心ではなく、真に法術を極めたいが故の求道心からなるもので、もしもこの術を邪道な目的のために使ったならば、術を封印していただいてもかまいません。と誓いを立てた。そうしたら、玉の函はウソみたいにすんなり開き、あんたとあたしは天界の書物を拝見するに至った。
 究極の法術が記された書物は神・仏・道の三巻に分かれていて、全てを見たかったけれど、道の巻は項すら開かず。結局、師である観音菩薩の真言を口にし誓約をたてたことによって仏の巻が、次に祝詞を奏上して神の巻を閲覧することが可能となった。しかし、ようよう取出して見るも書かれてある文字も意味も難解で、とてもその場で習得できるレベルのものではなかった。
 そこであたしたちは大急ぎで手分けして、記された内容を紙に書き写してから法術書を玉の函に戻し帰った。それからあらゆる参考書物をひも解いて、術の解読を試みていた矢先に・・・」
「法術の漏えいが天上界の知るところとなった」
「あんたはこの、地上界を、争いや諍いや飢餓のない、誰もが豊かになれる平和な世界にしたい、その一心で天上界の秘術書を盗み見し、天界の怒りに触れた。
 そこであんたは師である観音菩薩に泣きついて行って理解を求めた。閲覧資格のない者は開けられないハズの玉の函が、恩師である観音菩薩の真言を口にし、決して悪事を働かない、と誓いをたてると函が開いたこと、開かなければそのまま諦めるつもりでいたこと、巻を見ることができたものの、未だ解読できないでいること、それらを正直に師に述べた。
 何よりこの行為は、純粋な求道心から法術を極め、未だ諍いや貧富の差が絶えない地上の世界をよくしたい、という純粋な気持ちから動かされた結果なのだ、ということを涙ながらに熱弁するくだりは、傍で聞いていて感心したわよ。
 よくもまぁ、正義のヒーローみたいなそんな動機をクサいセリフでもってしゃあしゃあと言えるもんだなぁってね。
 で、じっと傍で聞いていた阿弥陀如来も、脇に控えていた勢至観音もあんたの熱意にほだされて、慈悲を与え天界に於いて術を習得することが許されたんだったわね。
 一方のあたしは反省の色がまったく見られぬ、として天上界から追放よ! 
 そんなのアリ!? どこが慈悲深い仏なんだか! 」
「・・・それは兄上が巻から写しとった紙をすべて私から奪い取り、無断で地上に降り立ったからではないですか」 ヴァンパイアは呆れたように言った。
しかしレディー・Kは 「だからって、何も追放までしなくてもいいじゃないの? 函を開ける際に誓約までたてたんだし、少しは大目に見ろっつーの!  まるで地上界の役所みたいに融通が利かないんだから。  ほんっとにムカつくわっ!!  何であたしだけがこんな大目玉喰らって、あんただけ無罪放免なワケよ、 不公平にもホドがあるわよ! 」 と散々愚痴る。
「何も兄上だけが罰を受けた訳ではありません」
「ああ、そうだったわね。ふふふ、知ってるわよ。法術を習得して地上界に降りるにあたって、あんたは吸血鬼にされたんだっけ?   もしも、人間を襲ってその血を一滴でも口に含めば天界からの雷を受け、術は封印され本来の姿に戻されてしまうんだって? 血の渇望を抑えながらも人間に接しなければならない、本能の抑制という試練にどこまであんたが耐えられるか・・・天界も残酷な仕打ちをするわよねぇ。  それで、どうなの? ゴシックホラーのキャラクター、ヴァンパイアになった気分は? 」
「あまり快調とはいえません」
「ふふふ、でしょうね。その恐ろしく青白い病的な顔をみればわかるわ。普段はパック包装された冷たい無機質な人工血液をストローでチューチューやって凌いでるけど、本当は今でも生暖かくてイキのいい脈打つ血が吸いたくてウズウズしてる。ちがう? 」
「・・・・・・」
「図星ね。どう? いっそ、今ここで一気にカミングアウトしてしまったら。威勢のいい生き血ならいくらでも提供してあげるわよ、ホラ」  レディー・Kはそう言って、報知器の音に反応し駆けつけたばかりの、屈強な三名のボディーガードの方を親指を立てながら示して見せた。
三人はお互いの顔を見合わせ、懐の銃をいつでも抜ける準備をした。
「いいえ、結構です。今ここでカミングアウトしたところで、おそらく、すぐに雷が下されることはないでしょう。私が受ける戒めはそれだけではありませんから」
「へ? それだけじゃあ、ないって? どーゆーコト? 」
「兄上、まだお気づきになりませんか? 」
「? 何が? 」
「私と再会してから、兄上は一度も私の名を呼んではいません」
「名? そういえば、そうね・・・あんたは、え~っと・・・確か・・・え~っとえっと・・・・あたしの弟弟子・・・え~っと、名前、弟弟子の名前は・・・あ、アレ? え~っと、え~っと・・・アレ? おかしいなぁ、思い出せない・・・」
 それを聞いていた三人のボディガードたちが
「弟の名前が思い出せない、なんてことあるか? 」
「こりゃ、重症だぜ」
「若年性アルツハイマーか? 」  と、ヒソヒソ囁いた。
「おだまり! 誰が若年性アルツよ! 」 とレディーが三人を叱責した後、ハッ、と何かに気づいたかのように 「術がかかってる」と呟いた。そして
「術・・・さてはあんた、天上界で名前を取りあげられたわね、だから思い出せないんだわ! いや、違う! あたしはあんたの名前を知らない! そもそも名前なんてなかった。その後・・・師は極秘で名を与えてから術をかけたんだわ、法術の乱用を避けるために・・・だから誰も、あんたの名を知る者はいない、だって当のあんたでさえも自分の名を思い出せないんだから! 」
「・・・そう、これが私に下されたもうひとつの試練・・・」
「なるほど・・・。名を奪っておけば、あんたは天上界に背くことが出来ない。名を知る者がその名を呼び命令を下したなら、その命に逆らうことはできない、生涯、その名を知る者の下僕となる・・・」
「そのとおり」
「ふ~む・・・。これ以上の漏えいは許すまいと、師もよく考えたもんだわ・・・万全のセキュリティってワケね。  それで? こっちに降りてきた感想はどうよ、この地上界は争いや諍いのない、誰もが豊かになれるハッピーで平和な世界になれたのかしら?   あんたが師の前で誓い、美しい詩を読むように、散々並べ立てた、非現実的で独善的な理想郷、ユートピアは、法術によって実現できたのかしら? 」
「・・・・・」
「あたしが見る限り、世界のあちこちでは未だに紛争や暴力が絶えず、貧困と飢餓にあえぐ難民が何千何万と存在しているけど? せっかくの法術も、天界からの制約ありきの使い方では何の役にも立たないってこと、少しは気づいたかしら? 」
「一朝一夕に出来ることではありません。むやみに法術を用いたところで更に世の混乱を招くだけです。世界を、人の世を変えるとなると、それだけ時間もかかるのです」
「ねぇ、少しは現実を受け止めたらどうなの?  そんな悠長なコト言ってる場合かしら? せっかく習得した法術も、使えなければ意味がないと思わない? 」
「・・・・・」
「そ・こ・で、あたしからの提案があるんだけど」
「提案? 」
「そ。 提案。 この日本の、すばらしい知恵と技術と人材をフルに活用すれば、あんたが望んでいる、世界の貧困や飢餓、疫病を無くすことだって夢じゃないわ。この島国には世界を席巻するだけの知識とエネルギーとパワーと、何より知的財産がある!  日本では当たり前のこと・・・どこにいても蛇口を捻れば清潔な水が手に入り、ボタンを押せば明かりが点く、暖もとれる。ライフラインはもちろん、清潔な生活環境が整っていて、便座に座れば暖かい・・・そんな当たり前のことが世界のどこでも当たり前になる日が訪れるかもしれない。 あんたとあたしとで手を組んで、習得した如意法術をもってすれば、この日本国を拠点に世界を掌握出来るのよ!  核兵器も、ミサイルも、テロも、サイバー攻撃も、軍事行動も、天界の法術の前では、恐れるに足らず!  あたしがこの日本国を手に入れることで、あんたの望む世界平和も実現可能になるの。ね、あたしと手を組まない? あんたの完璧に習得した如意法術をあたしに伝授してくれれば、あたしが、この窮地に向かっている日本を内側から建て直せるの。そして二人で宗教や文化の壁を通り超えた新しい世界をこの日本から創りだすのよ。そう、今こそ世界に向けて、日本国が平和の発信源となるのよ! 」
「・・・・・・ねぇ、兄上、兄上の目的は一体何なんですか? 修験者として、如意法術を極めたいというのはわかります。が、この天界の法術を用いて実現させる内容が漠然とし過ぎていて私にはわかりかねるのです・・・極論で言うと、世界征服なのか、世界平和なのか、一体どっちを望んでいるんです? 」
 ヴァンパイアが怪訝な顔でレディー・Kに尋ねる。
 するとレディーは 「どちらでもないわ。あたしは、この島国が、日本がほしい、それだけ」 「この日本を? 国ごと手に入れてどうしようと? 」
「ねぇ、知ってる? この日本という国には、何でもあるってこと。自由と平和と完成された都市と、清潔な環境、最新医療、教育システム、整備された道路、近代建物に潤沢な食品や衣服、そして、何より秩序と国民の高い良識! それらがすべてそろっているの、すべてね。 けれど、この国に住むほとんどの人間は自分たちのことを幸せ者だと実感することは少ないのよ。もう、何百年何千回と、幾度となく観音菩薩の侍従としてこの島国に降り立ち、人々の悩みを聞き、慰め、真言を唱えるよう指南する師の傍に遣えてきたわ。そりゃ、戦争に負けた直後は悲惨な光景もいっぱい目にしたわ。 でもね、そこから日本人は見事に立ち直り、文明社会の礎を作った。私はこの島国の人間が心底羨ましく見えたの。でも、経済や産業が発達して、国民の暮らしが向上していくにつれて、それはやがて嫉妬へと変わっていったの。だって、こんなに豊かで自由で清潔でいい暮らしをしているのに、当の本人たちから出てくることばといえば不満ばかり。信じられないことに、救いを求める人たちの中には、将来を悲観して自ら命を絶つ者さえいたのよ。あたしには理解できなかった。この国の人たちは一体、これ以上何を望むことがあるのだろう? って。ここはもはや地上界における極楽浄土に近いところなんですよ、って。大声で言ってやりたいって、いつも思ってた。
 あたしはこの国の人間になりたかった。この国の人間になって、この国に暮らして、最高の存在になりたかったの。そのためには、如意法術が必要だった。
あたしはね、この国のすべてを手に入れてその叡智と人材を遣って、いろんなことを試してみたいの。もちろん、それには、あんたの望む世界平和も少なからず含まれている。でもね、先ずはこの国に住む国民どもに、いかに自分たちが恵まれた環境にいるのか、知らしめてやりたいの。とにかく、民が国を想う心失くして、再建の道は有り得ないのよね。まったく・・・
 あたしはね、あの震災後の天つ神の意向を知ってからというもの、建国の祖である神々が国民に絶望し、この国を島ごと沈めようとしているのにも気づかずに、未だ不満たらたらで、そのくせ周辺国の脅威には鈍感で、未だのうのうと暮らしている国民が疎ましくて仕方がないの。だからね、まず手始めにすこしばかり、お灸を据えれば、少しは平和ボケから目が覚めるかしら、と思っているんだけど、どうかしら? 」
「それは天上界の神々がお決めになること。我々が手を下すことではありません」
「フンっ。なによ、いい子ちゃんぶってさっ。それじゃあ、何? あんたはこのすばらしい島国が沈められるのをただじっと傍観してろっていうの? 」
「それが、神々のご決断ならばいたしかたないこと」
「へぇ。それじゃあ、この国の民を見殺しにするの? 世界平和を願って、困っている人々を救済したいって、言ってたのはどこの誰だったかしら? いまこそ如意法術を使って、この島国を滅亡の危機から救う時じゃないの? 」
「まだ国が沈められる、と決まったわけではありません。我が師もそれは望んではおりません。従って、兄上が人間に、日本の民に成りすまし、国民を懲らしめるために如意法術を使うことも許されざる行為なのです」
「あんた、いつからあたしに向かってそんなクソ生意気な口をきくようになったわけ? いいわ。あんたがそういう態度で出るのなら、受けて立ちましょう。あたしを止めてみなさいな」
 レディー・Kはそう言うや否や、燃え盛る火鉢の上で刃が真っ赤に染まった剣を取り上げ豪快な火柱を上げながら振りかざした。ヴァンパイアは動じることなく静かに両手を組み合わせ、人差し指と中指を立てた状態で呪文をひとつ呟きレディーに向かって言い放った。
「天つ神と我が師の命によりその術を永久に封じます」
「望むところよ! 」  
レディーは勢いよく刃を振り下ろす。火の粉を散らしながら刀はヴァンパイアの首めがけて美しい弧を描いた。切先が当たる寸での所でヴァンパイアは身軽に飛び退きレディーの背後に降り立った。レディーが慌てて振り返ると同時、手刀が飛び喉元をかすめる。レディーは刀を持ち直し呪文をひとつ呟くと刀の切先に唾を吹きかけた、と同時に刀は巨大な蛇に姿を変えて跳ね上がるようにレディーの手元を離れヴァンパイアに襲いかかった。ヴァンパイアが尋常ではない速さで真横に飛び退くと地面に落ちた蛇は腹立たしそうに鎌首をもたげ再びターゲットめがけて飛翔した。レディーがすかさずヴァンパイアの背後に回って羽交い絞めにすると蛇がヴァンパイアの首に巻きつきグイグイと締め上げる。ヴァンパイアはたまらず窓の方へよろけて行って、息も絶え絶えに呪文を呟くと、彼の首を絞めていた蛇は再び刀に戻って足元に落ちた。すぐさまそれを拾い上げようとした途端、レディーもそれに反応し、刀の奪い合いとなる。窓際に追い込まれるかたちとなったヴァンパイアはレディーから刀を遠ざけようとした際に刀の柄(つか)部分を思いっきり窓にぶつけた。なおも刀を取り戻そうとレディーがヴァンパイアに向かって突進し、立膝ひじ打ちでもって彼の腰を打った。ヴァンパイアはその凄まじい勢いに飛ばされて窓にぶつかった。刀の柄がぶつかった部分と今の衝撃で窓ガラスが割れて砕けた。ヴァンパイアがガラスの破片とともに下に堕ちそうになるも、窓枠を掴み寸んでのところで持ちこたえたと見るや否や、レディーが再び彼を突き落そうと突進してきた。ヴァンパイアは窓枠を掴んでいた手を放し突進してきたレディー・Kの腕を掴んだ。勢い余ったレディーの身体はヴァンパイアと共に空を飛び、二人はそのまま窓の外へと落下していった。

 報知器の作動により、全非常扉が開錠され、その隙にデルタ隊員の三人はレディー・Kが居るとされる最上階のオフィスに忍び込んだ。すぐさま火元と思われる水浸しになったフロアに到着。半開きになった扉の一室から全身黒ずくめで顔面蒼白に黒のサングラスをかけたヴァンパイアの姿を見つけた。そして、レディー・Kとおぼしき人物と対峙する様子をじっと伺っていた。
  二人が割れたガラスごと窓の外へ転落する場面で
「・・・オイ! 落っこっちまったぞ、助けにいかなくていいのか? 」 
 驚愕の光景を見たダンは目を丸くして囁いた、直後、レディー・Kのボディガードである三人の男たちがボスが落ちた窓に駆け寄り、一度下を伺ってから慌てて部屋を出ていった。
その様子を眺めながらジョイスが冷静に応える。
「今は放っておけ。どーせ下には、さっき出て行った手下共々、避難した者まで集まっているからすぐさま救急車を呼ぶだろう。この階から落ちて生身の人間だったら命の保証はないが・・・だが万が一、生きていたら俺たちが追跡していることがバレる危険性がある。後で野次馬から情報を得て収容先の病院に行ってみることにしよう。そこで奴らの正体もわかるさ」
「オイッ、奴らは争う前に一体何を話してたんだ? 仲間割れか? 」
 ダンは今度はタケルに向かって言った。 ダンとジョイスは日本の言葉に疎い。したがって、二人の会話を理解できるのはネイティブな日本人であるタケルだけなのだ。 だが、日本人であるはずのタケルにも会話の内容がイマイチよくわからない。会話の途中からしか聞いていない、という事情もあるのだがどうも話が入ってこない。話していることは確かに日本語なのだが、タケルの知らない言葉、というか世界が有り過ぎるのだ。
「いや、それが・・・オレにもあんまりよくわからなくって・・・」
「わからん、だと? 奴らは日本語で話してるんだろう? あの女がレディー・Kで間違いないのか? 」  とジョイス。
「う~ん・・・たぶん、アイツがレディー・Kなんだろうな。とは思うけどヴァンパイアはアイツのことを〝兄上〟って呼んでたから実際のところはよくわからん・・・。とにかく、奴らの会話は確かに日本語なんだけど、それが、なんか専門用語が多すぎるからややこしいんだよ・・・」
「専門用語? 軍事用語じゃなくて? 」  とダン。
「軍事用語ならすぐにオレにもわかるさ。じゃなくて・・・なんていうか、宗教めいた表現、っていうか、なんつーか・・・」
「??? お前、ホントに日本人? 」
「学生の頃、国語習わなかったのか? 」  ジョイスとダンが呆れた様子でタケルの国語力を詰ると、タケルが憤慨して反論した。
「いっとくが、オレは正真正銘の日本人だ! 義務教育もちゃんと受けてる! 日本語だってネイティブそのものだ! けど、奴らの会話は・・・現代日本人でもよくわからん表現みたいなのがあって、詳しく知るには神やニョライの知識みたいなのが必要なんだよ! 」
「その、神やニョライの専門用語を除外して、大体の話の内容はわからんのか? 」
 ジョイスがため息交じりに言った。
「大体の話としては、だなぁ・・・え~っと・・・レディー・Kがヴァンパイアと共謀して、禁断の書物のニョイなんとかっつーのを覗き見したがために、神かニョライかなんかの大目玉喰らって、レディー・Kは追放されて、一方奴はヴァンパイアにされちまって、え~っと、それから・・・そのニョイなんとかを持ち出したレディーをヴァンパイアが追っていて、何のためにニョイなんとかを使おうとしてるのか、って、ヴァンパイアがレディーに問い質して、で、つまりはレディー・Kは日本人が羨ましくて、日本人になって日本の国を支配するために、そのニョイ何とかを使おうとしていて、ヴァンパイアに協力を持ちかけたが、断られたんだな。うん。それでああいう対決になったんだ、たぶん。ざっくり言うとそんな感じ」
「さっぱりわからん」
 ダンは首を傾げながら言った。
「だろ? だから専門用語が多すぎるんだって」
「まずはそのニョイなんとか、っていうのがどういうモノなのか、知る必要があるな。最新の核爆弾の設計図のことかもしれんし、プルトニウムか細菌兵器の製造工程かなんかが入ったチップかもしれん」 「あるいは、全世界に展開するアメリカ工作員のデータか、ペンタゴンが所有する極秘情報かもな」
 タケルはう~ん、と唸りながら 「いや、ちがうな・・・なんか、そういう実際に使う現実的なもんじゃなくって、もっとスピリチュアルなニュアンスのもんだとオレは感じたけど・・・」
「スピリチュアルといえば、あいつらすんげーマジック使ってたなぁ。なんだ、あの日本刀が蛇になって襲いかかるやつ。どんなトリックになってんだ? 」
 ダンがそう言った瞬間、再び窓が割れる音がした。と同時、巨大な疾風が巻き起こり室内にあった家具、調度品などが風の勢いで宙に舞う。やがて疾風はふたつに分かれ黒い影となって人型を形成していった。風の勢いがおさまり、宙を舞っていた家具などが一斉に落下してくる中、人型はレディー・Kとヴァンパイアの姿を露わした。
 その光景は強風に飛ばされぬよう扉付近の柱につかまり踏ん張っていたデルタの三人を驚かせた。
〈まさか、奴ら、戻ってきやがった! 〉
〈生きてたのか!? 〉
 ダンとジョイスが口パクで話し、信じられない、というジェスチャーをする中、風にのって勢いよく飛んできたi Padがタケルの頭部を直撃。この衝撃にタケルは思わず「ウッ」と呻き声を漏らしてしまった。  すぐさま、レディーが「誰だ!? 」と反応し声の聞こえた方へ猛進する。ヴァンパイアもそれに反応した。扉の入り口でタケル、ジョイス、ダンの姿を認めたヴァンパイアは驚きの色を見せ、何か言いかけたところで、手にしていた日本刀をレディー・Kに奪われてしまった。まさに一瞬の隙を突かれるかっこうとなったのである。
 再び日本刀を手に入れたレディーは瞳をギラギラさせて3人のデルタ隊員たちを値踏みするかのように眺めた。それからゆっくりと上唇を舐め上げると
「あんた、ソイツらにつけられてたことにも気付かないなんてとんだマヌケね。そんなことであたしを倒せるとでも思ってるの? 邪魔が入ったからこの勝負はまた今度までおあずけよ! 」
 レディー・Kはそう言って日本刀を大事に小脇に挟むと両手を組み合わせ呪文を唱える。するとまた疾風が巻き起こった。風がみるみるうちにレディーを包み込んだかと思うと黒い影となり、影を含んだ疾風はまた再び窓の外へと飛び出して行ってしまった。

「とんだ邪魔をしてくれたもんだ」
 とり残された黒いスーツ姿の男が三人に向かって張りのある声で言った。声に反してその男の顔色は頗る悪い。 ジョイスがすかさず
「今の女がレディー・Kなのか? 」と質問をする。 すると顔面蒼白の男は
「君たちが追っているのがK,sミリタリーカンパニーの代表ならば、そうだ。だが、女ではない」
「じゃあ、奴はオカマか!? 」  ダンが大きな声で言う。
 男はどう応えてよいものやら少し困惑した様子でこめかみに人差し指を当ててみせる。ますます顔の色がなくなっていくようだった。
「邪魔をするつもりはなかったんだ、すまない・・・」
 i Padの直撃を受けたところに手を当てながら俯き加減にタケルは詫びた。 額の左側からうっすらと血が滲んでいるのが見てとれる。すぐにジョイスが肩にかけているデイ・バッグをおろし大判の絆創膏を取り出してタケルの額に雑に押し当てた。タケルは片目をつぶって「いててて・・・」と呻き 「ったく~、相変わらず手荒いんだから~」と文句を言うと 「るせぇ! 絆創膏貼ってやっただけでもありがたく思え」  ジョイスがピシャリと言い放つ。ダンはそんな二人のやり取りには目もくれず、顔色の悪い男をじっと観察していた。やがて
「なぁ、あんたがタケルの話してたヴァンパイアなんだろう? レディー・Kとはどういう間柄なのかは知らんが、この後奴の行方を追うんだろう? だってあの日本刀を取られちまったもんな、当然取り返しに行くんだろう? 実は俺たちもあのオカマを追ってるんだ。そこへ、たまたまあんたが現れて後をつけてみたっていういきさつだ。これ以上詳しいことは言えんが、つまりは目的は同じってコト。ここはひとつ協力し合ってあのカマ野郎をとっ捕まえるっていうのはどうだい? 」
 ダンの提案にヴァンパイアは顎に手を当てしばらくの間思案している様子を見せていたが、やがて
「いいだろう、ただし、ひとつ条件がある。あの日本刀を奪い返して必ず私の元に納めること、これが条件だ」
「ああ、お安い御用だ。オレたちはあんたに命を助けてもらった借りがある。それくらいお返しさせてもらうさ」  タケルが力強く言うとジョイスもダンも頷いた。

天宇受売 (あめのうずめ)

照りつけていた強い日差しが沈む頃、リトルチャイナの一角にある小さなショーパブの明かりが灯る。ひと際賑わいを見せる店内には仕事を終えたばかりの汗臭い男たちが、ある人物の登場をジョッキやグラスを片手に今か今かと待ちわびていた。
 やがて店内のダウンライトが点灯しメロディーが流れるだす。小さな壇上にスポットライトを当てただけのシンプルなステージに女が現れた。
 彼女がスタンドマイクの前に立っただけなのに、客席は異様な興奮に満ちていた。やがて女は目の前にあるスタンドマイクに妖艶にに近づいたかと思うと音楽に合わせて歌いだした。 空気を多く含んだ落ち着いた声だった。サビの部分を歌い上げる際ややハスキーヴォイスになり、大人の色香を際立たせる。
 透き通るような白い肌にあわせた真紅のスリップドレスは、適度にむっちりと脂肪のついた姿態に薄布が寸分の隙間なく張り付いているかのよう。その豊満な胸元とスカートの両サイドには深い切込みが入っている。このため女が歌いながら前傾姿勢をとる度、大股で移動する度、谷間や割れ目が否応なく露出し、その先にあるものが見えそうで見えない、というもどかしい状況に男たちは刺激を受け興奮し悩殺寸前となるのだ。
 曲のリズムをとる度にスカートの深いスリットから白くなめらかな大腿部が露出し、華奢な腕を交差させながらスタンドマイクを操る様は、まるで白蛇がマイクに絡みついているかのよう。女は男たちの視線に応えるように、腰ほどにまで伸びた黒髪を時々かきあげてはウインクを返す。髪の色と同じ黒い瞳が客席の男たち一人一人を舐め回すかのようにゆっくりと移動する・・・その様子は、まるでじっくりと獲物を見定める雌豹のよう。
アジア女性特有の腫れぼったい一重まぶたに凹凸の少ない顔立ちである。が、絶世の美女とまではいかないまでも、その艶めかしい姿態と雰囲気、抜群の歌唱力は国籍を問わず男たちを夢中にさせてしまう魅力があった。この妖艶な人物こそ、店の看板シンガー“UZUME(ウズメ) ”。 歌姫である彼女の艶めかしい演出と歌声は男たちを毎夜魅了してやまない。
 誰もが彼女のステージに視線が集中している中、デルタの三人だけは店内をくまなくチェックし、客席に座る一人一人を観察していた。やがてジョイスがすぐそばに立つ顔面が蒼白色した細身の男に声をかけた。
「なあ、あんたの言う情報屋ってのはまだ来てないのか? 」
 顔面蒼白の男―――ヴァンパイアはステージの方角を真っ直ぐに捉えるも、黒のサングラスで目元が覆い隠されているため視線がどこにあるのかジョイスにはわからなかった。
「既に来てはいるが、現在取り込み中のようだ」
 ヴァンパイアはそう言うと静かに移動し最後列の片隅に用意されたテーブル席についた。デルタの三人もそれに倣う。すぐにウエイトレスがやってきて注文を伺う。三人はビールを、ヴァンパイアだけがトマトジュースを注文した。
 えーっと・・・ここはツッコムべきだろうか・・・タケルが戸惑いながらもヴァンパイアに向かって言った。 「ドリンクまでトマジューってさぁ・・・。アンタ、ほんとにゴシックホラーの主人公になり切ってんのか? 」
 するとそれまで硬い表情だったダンが
「まぁ、一番それがサマになってはいるよな」と笑みをみせた。
「ココは酒場だぜ。せめてレッド・アイっていう選択はできなかったのかねぇ」
 ジョイスが呆れ口調で言うとヴァンパイアは
「宗教的理由でアルコールは極力避けている。トマトジュースは健康のためだ。トマトに多く含まれるリコピンという物質には強力な抗酸化作用があって動脈硬化やガンの予防にもなるそうだから君たちにもおススメなんだが」
 それを聞いてダンが呆気にとられながら言った。
「健康を気遣う吸血鬼なんて聞いたコトないぜ」
「ヒトの血を吸っておきながら自分は健康に配慮してノンアルコールの健康野菜生活かよ」
 ジョイスが厳しい口調でツッコむ。
するとヴァンパイアは唇を少し尖らせ不本意な様子で
「断っておくが私はこの世界にきて一人の人間の血も吸ったことはない。だから今の発言は撤回してもらおう。そして私がトマトジュースを君たちにも勧める最大の理由はココのビールはあまり美味くはないからだ」と言うと、タケルがしたり顔で
「やっぱ、エセ吸血鬼だったか」
 これを受けヴァンパイアは益々不本意そうに
「ヴァンパイアというのは君たち人間が勝手に決めつけたゴシックホラーのキャラクターだろう。私はその類ではない」
と溜息交じりに言った。 やがてビールとトマトジュースが運ばれてくるとタケルは
「オレはトマジューなんていらねえ、やっぱコレが一番さ」
といってグラスに注いだビールを一気に飲み干した。 が、一杯目のビールを飲み干した後の、あの〝クゥ~〟という爽快感はどこへやら。タケルは渋い表情をしながらビール瓶を手に取り、貼ってあるラベルをみて落胆したのだ。
「なんだよ、ココはビールまで中国製かよ。アサヒのスーパードライくらい用意しろよな、まったく~」
 ダンとジョイスも一口飲んで口を歪め首を振った。
「マイナーブランドのビールがヌルイときてやがる。どうしようもないや」
 尚も悪態をつくタケルに
 「だから言っただろう」
 ヴァンパイアはそう言いながらまだ口もつけていないトマトジュースをタケルの目の前にやった。タケルは口直しとばかりにトマトジュースを一口飲んで
「こいつもヌルイや」とクレームをつけた。
   突如、万雷の拍手が涌き起こり喝采が飛び交った。ステージから歌姫が降りてきたのである。彼女はスタンドから放したマイクを手にバラード調の曲を歌いながら客席をまわっていった。腰をクネクネさせ一人一人に近づいて挨拶代りのチップをもらうのだ。男性客たちの顔が赤みを帯び高揚する。彼女が回ってくるのを今か今かと待ちながら、ようやく自分の傍にきたその豊満な身体に圧倒されながらも、大きな白い胸の谷間を覗きこむように嬉々として半分に折った札を挟み込んでいった。
「オイ、オレたちもアレ、やんなきゃならんのかな? 」
 少し困惑する風を装いながらも興奮を隠し切れない様子のダンが口を開いた。
「なに、内心は嬉しいくせに」
 タケルが言うとダンが反論した。
「男なら色っぽい女にアレをやられて嬉しいと思わないワケがない。嫌だという奴はゲイだ」
「まぁ、確かにな」  タケルが認めると今度はジョイスが
「オレはああいうのはタイプじゃないが、どうしてもというのならやってもかまわない」
と真面目くさった態度で言った。
「まったく、素直じゃないね~」  タケルは肩をすくめた。ヴァンパイアは、というと、静かに歌姫の様子を観察している。それを見たデルタの三人は口をつぐんで彼女の動向を見守ることにした。
 やがて歌姫はひとりのスマートな男性客のところへと近づいていった。その男は明らかに他の男性客たちとは装いも雰囲気も違っていた。 見るからに汗臭く野暮ったいブルーカラー層の男たちの中で、その男性客だけはダークグレーの細身のジャケットを粋に着こなしているせいもあって、洗練されて見えるのだ。
 先進国のファッションモデルか又はそういう関連の仕事をしているのか、と見受けられるほどに、彼の背は高く引き締まった身体に小さめの頭部、理想的な逆三角形の体型をしていた。顔だけをみれば、特段美男子というほどのものでもなく、どのパーツにも際立った特徴がないほど平凡なアジア人男性の顔立ちではあるが、それが中国か朝鮮か日本かといった国籍の判別はつかない。とにかく平凡な平べったいアジア人男性の顔なのだが、その並外れたスタイルと骨格が顔の平べったさを全てカバーしているのである。おそらくは本人もそれを意識しているのだろう、短髪の黒髪を頭頂部に向かってわざとツンツンに立てるといったヘアスタイルで他のアジア人と一線を画しているようである。
 歌姫、ウズメが近づくとその男性客は歓迎するように彼女の腰に手を回し、自分の膝の上に女を座らせた。この男性客は動きもスマートで女性の扱いにも精通している感があった。歌姫はマイクを一旦口元から離して
「それで? 前に話してくれた重要な転機って一体いつなの? 」
 男に向かって囁いた。
「それはまだ俺にもわからん。だがそう遠いこともない」
 男は口を歪めながら女の囁きに応えた。
「じゃあ、それまでずっと通ってくれる? 」
「すまない、これから発たなきゃならない用事ができてな」
「これから? ずいぶん急じゃない」
「だから今夜お前に会いにきたんだ」
 そう言うと男は女の唇を奪おうとした、が、歌姫はそれをさっ、とかわしてマイクを口元に戻し再び歌いだした。男の膝の上で女は脚を組み更に大腿部を露出した。女は露わになった太腿を気にする風もなく音楽の間奏に合わせるようにマイクを離して男に向かって静かに訊ねる。
「どこに行くの? 」と。 男は言うか言うまいか数秒間思案している様子をみせたが、遂に観念したように答えた。
「お前のステイツ(祖国)」
 女は一瞬驚いた表情を見せたが次にパッと目を輝かせながら
「もちろん、私も連れて行ってくれるんでしょう? 」
 そう問うと男は少し戸惑いながら答えた。
「ああ。だが、今じゃない。少し落ち着いたら必ず迎えに来るから、それまで待ってろ」
 歌姫はその言葉を聞くと濡れたような黒い瞳でしばらく、じぃ、っと男の顔を見つめていた。男はたまらず、女を引き寄せその豊満な胸元に束ねた紙幣を挟み込むと今度は女の手を取って残りの紙幣の束を握らせた。他の男性客全員分のチップを集めてもそれよりもはるかに多い額であることは明らかだった。
歌姫が男からそっと身体を離して立ち上がると再び歌いだしながらステージの方へ戻って行く。男は女がステージに上がるのを見届けた後、名残惜しそうに何度も振り返り彼女の方を見て店を出て行った。
 歌姫と男性客とのやり取りの一部始終を見ていたデルタの三人とヴァンパイアは男が出て行ったドアの方をしばらくの間眺めていた。 ステージ上の歌姫ウズメはラストの曲を歌い終わると客席に手を振って早々と奥へと引っ込んでしまった。
「なんでぇ、こっちには来ないのかよ」
 ダンは歌姫が自分たちのテーブル席に来なかったことに不満そうだった。タケルはその様子を見てニタニタ笑っていた。
「あいにく、彼女にとって我々は客ではないのでチップの要求はしないのさ」
 ヴァンパイアがダンに向けて言った。するとジョイスが鋭い目をして
「彼女が情報屋なのか? 」と問う。ヴァンパイアがそれに答える前に
「お待たせ」
 後方から声がした。四人が振り向くとそこには先ほど客席の男たちを魅了した歌姫が立っていた。ただ、印象がかなり違っていた。彼女が今着ているのはあのセクシーなステージ衣装ではなく、妖艶な姿とはうって変わって迷彩柄のジャージ姿となっていたのだ。
「お久しぶりでございます、ウズメ殿」
 ヴァンパイアが慇懃に言うと歌姫は
「山犬、久しぶり~」とフランクな英語で挨拶を返す。 彼女の言葉にタケルが 「ヤマイヌ? 」と小さく訊き返すと歌姫ウズメは
「ああ、この仔の正体はね、山犬なのよ。ね~」とヴァンパイアの方を見て同意を求めるように言った。 「このコ・・・」
 タケルはまたもや目を丸くした。
「あの、どーゆーご関係で? 」  ダンが口を挟む。するとヴァンパイアは神妙な面持ちで
「こちらは天つ神のおひと柱、天宇受売(あめのうずめ)の神。私など足元にも及ばぬお方だ」
 そう答えると天宇受売神は
「またまたぁ、そんな堅苦しいコト言わずに仲良く付き合ってよ」
と茶目っ気たっぷりに言って顔面で掌をヒラヒラさせながら四人を見回す。 ヴァンパイアは
「恐れ多いことです」と静かに恐縮するもそんな様子は気にも留めずウズメの神は
「え~っと、あなたたちが行方を追っている狐なんだけど、ついさっき有益な情報を得られたわよ」と本題に入りだした。
「オイ、俺たちが追っているのはレディー・Kという人物だ、狐って何のことを彼女はいってるんだ? 」
 すかさずジョイスがヴァンパイアに向かって疑問を投げかける。するとウズメの神は
「だ~か~ら~、そいつの正体が狐なの。コイツが山犬でアイツが狐、つまり私たちは山犬と狐の争いごとに巻き込まれてるってはなしなのよね」と、ため息交じりに答えた。
「山犬と狐の抗争? さっぱりわからん」
 ダンが首を振る。タケルも眉をしかめた。ジョイスは説明を求めるように再びヴァンパイアの方を見た。
「今回の件では天つ神にまでご迷惑をおかけし、本当に申し訳なく思っております」
 恐縮しながら山犬は天宇受売神に向かって母国の言葉で詫び、頭を垂れた。
「起こってしまったことは仕様がない。ちょうど天つ神の間でも葦原中国(あしはらなかつくに)の行く末を憂いている時期でもあったから・・・ま、アンタが今からあの狐を引っ掴まえて清算させれば済むことなんだし、しっかりおやりなさい。そのためにこうしてフォローしてあげてるんだから」
 ウズメの神も日本語でそれに応える。デルタで唯一日本語が話せるタケルであったが今の二人の会話の意味はよくわからなかった。
 天上界の事情などあずかり知らぬ三人は天宇受売神と山犬のやりとりをじっと注視するしかなかった。すると天宇受売神がデルタ隊員たちに向かって英語で話し出した。
「さっき、ひとりだけ気障な男がいたでしょう? そう、どさくさに紛れて私の唇を奪おうとしたあの男よ。名はレン・リー。表向きは香港在住のファッションモデル。けれど男の正体は華僑の魔道士。どういういきさつかは知らないけど今は狐の部下よ。そいつからさっき有益な情報が入ってきたわ。これから移動するんだって。おそらくは狐も一緒でしょう。行先は日本」
「日本だって!? レディーめ、一体日本で何をやらかそうってんだ? 」  タケルが顔を歪めた。
「日本の何処でしょうか? 」  山犬が尋ねるとウズメの神は
「おそらくは西日本。私のステイツって言ってたから」
「西日本っていっても広いぞ。都道府県の情報はないのか?」  タケルの質問に
「西日本の何処かに行けば、何かしらのサインが出るハズよ。すぐにそれと判るサインがね」  ウズメの神はそう答えると
「じゃ、私はこれで。頑張ってね」と山犬の肩に手をかけ立ち去ってしまった。
「日本か~・・・まぁ、ここ(アフリカ)よりは全然マシだな」
 ダンが正直な感想を述べるとジョイスは 「早速本部に連絡をとらないと」
 そう言って携帯電話を取り出した。
「日本だと!? 」
 開口一番、ジョーンズ指揮官が吠えた。
マズイ。機嫌が悪い。 話すタイミングが悪かったか・・・。 ジョイスはすぐに連絡をとったことを後悔した。
「はい、とにかく奴の行方を追って今から日本に行きます」
「・・・で、ヴァンパイアはどうなった? 」  ジョーンズ指揮官のこの質問にジョイスは一瞬戸惑った。 これからヴァンパイアこと山犬と行動を共にすることを正直に伝えるべきか否か・・・。ジョイスは咄嗟の判断でヴァンパイアの件は伏せておくことにした。理由は、ヴァンパイアとレディーとの会話をタケルが理解できず、彼がこちら側の味方なのかどうか疑わしいこと、そして、ジョーンズ指揮官の機嫌が悪く説明するのが面倒だな、と感じたからである。
「奴と一緒にいなくなりました」
「・・・・・」
 一瞬の沈黙。 マズイ、ウソがバレたか・・・。 通信はテレビモニター画面にしていた。ジョーンズ指揮官とモニターとの距離が近い。これはマズイ兆候だ。怒気を含んでいる時の彼はモニターに接近し過ぎるきらいがある。単に癖なのか、それとも部下に圧を加えるパフォーマンスなのか、いずれにしても画面いっぱいに映し出されるジョーンズ指揮官は眉間に深い皺を刻み険しい表情を呈していた。そのブルーグレーの双眸は突き刺すようにモニター越しのジョイスを凝視している。ジョイスの表情を読み取ろうとしているのだろうか、半端ない圧である。ダンとタケルはジョイスのすぐ後方にいて、そのやりとりをどぎまぎしながら覗っていた。
「ジョイス、」
 ジョーンズ指揮官が低い声で沈黙を破った。
「はい? 」
 ジョイスが恐る恐る返事を返した。
「お前、・・・フライもんでも喰ったのか? 」
 ジョーンズ指揮官は嫌悪感露わに、人差し指で自身の口元をトントン、と押しながら、ジョイスのツヤツヤと光り輝く唇にツッコミを入れたのだった。
ダンとタケルは思わず吹き出し、当のジョイスはバツ悪くその光る唇を隠すように口をすぼめた。

追魂符(ついこんふ)

日本国   西日本 某所にて
 レン・リーは苛立っていた。 レディー・Kが指定した場所、インターナショナルコンチネンタルホテルの一室に時間通り行ってみるも、彼女の姿はなく、もうかれこれ一時間近く待ちぼうけを喰らっていたからだ。殺風景な部屋の中を行ったり来たりする間、レディーは本当に現れるのか? という疑念が沸き起こってきた、ちょうどその時だった。部屋のロックが解放され、レディー・Kが眉間に縦皺を寄せ難しい表情で入室してきた。時間に遅れていながらも詫びの一言もなく無言のまま椅子に座ったその態度に、レン・リーは更に苛立った。
「随分、ゆっくりのお出ましですね」  皮肉のひとつでも言わねば気持ちのおさまりがつかなかった。ところが、レディーはそんなレン・リーの嫌味にも無反応で、じっと腕を組み、入室してきたときの難しい表情を崩さなかった。更に苛立ちが増してくるのを抑えながら、考え込むレディーの様子を伺っているうちに、あることに気が付いた。
「レディー、あの日本刀は何処に? 」  レン・リーが疑問を投げかけると
「とある場所に隠してある」
「隠した? 」
「あんな物騒なモン持って飛行機なんて乗れないでしょ」
「ええ・・・だから航空便を利用してこっちに送ったんですよね・・・それをまたわざわざ隠したと? 」
「そ」
「何のために? 」
「あの刀にこれから大いに働いてもらうためには、ある特定の場所に特定の状況をつくってやる必要があったから」
「特定の場所に特定の状況?・・・」
「刀の事はもういい、それよりアイツよ! あの吸血鬼! 」
「吸血鬼? 」  レン・リーはヴァンパイアがレディーの前に現れて対決になったこと、もとよりレディー・Kの弟弟子という存在がいることすら知らないでいたから、何の話に切り替わったのかわからなかったのだ。説明を求めるようにレン・リーは彼女の顔を見た。レディーは溜息をつきながら
「あたしの弟弟子よ。そいつが計画を阻もうとしている。一緒に組もうって協力を持ちかけたけどダメだった。奴は法術を極めるのとひきかえに我が師によって名を与えられた。そして試練を課す意味で下界に降り立つ際、吸血鬼にされたのよ」
「それで? どうするつもりですか? 」
 レディー・Kは彼の顔をチラっとみやってから
「邪魔はさせない。むしろ協力してもらう。そう、奴の名前さえ判ればあたしの下僕として法術もろとも使役できるハズよ」
 そう言ってからレディー・Kはヴァンパイアとの一連のやりとりをレン・リーに簡潔に説明した。
「名・・・おそらくは何かしらの名を師から授かって記憶を消されているのかもしれない。これは当人が一番よくわかっているハズ」  レディーは腕組みしながら呟いた。
「しかし、記憶を消されていては奴を拉致して協力を求めたところで名は聞き出せないでしょう。自白促進の薬物などを使用しても効くとは到底思えませんが」
「だから当人に直接、訊いてみることにするわ」
「? だから記憶が、」と言ったところでレン・リーはあっ、と叫び、 「そうか、追魂符・・・その手があったか」と唸った。
レディーは既に一枚の和紙を用意し硯に墨をすっていた。すりおわると墨を静かに置きながら言った。
「そ。追魂符。でも今回は魂を呼び出して訊き出すのではなく奴の潜在意識に直接働きかけるのよ」
「潜在意識? 」
「顕在意識ではその名は既に消されたことになってしまっているけど、苦行の果てに師からわざわざ授かった名をそう易々と忘れられるものかしら? きっと授かった際には感動の記憶が潜在意識に深く刻み込まれているハズ。それを訊きだすのよ。この符を使って、アイツの深層心理の中に潜り込み、その名を奴の口から白状させてやるわ」
 レン・リーはレディーの言葉に半信半疑だった。 本来、追魂符は呪殺を主な目的として使われる。符に呪祖する相手の名前、生年月日、生誕地などを記し、呪文を唱え念を送り続けて相手の魂をおびき出し死に至らしめるという古い呪殺法である。今回は相手の名がわからない、ということだから追魂符にアレンジを加えてみるというのはわからなくもないが、果たして本当に相手の潜在意識下に潜りこむことなど可能だろうか。 レン・リーが思案しているとレディーが
「祭壇を用意してちょうだい。要領は心得ているでしょう? お得意の分野ですものね、蓮(レン)道士」と指示をだした。道士は自信たっぷりのレディーを見ながら頷く。
「では、仰せの通りに」
 なるほど、いよいよお手並み拝見といこうではないか。魔道士レン・リーは不敵な笑みを浮かべながら祭壇の準備に取り掛かった。
 祭壇の前にはもうもうと煙を上げながら炎を吐きだす巨大な壺。
 そこへ白い神儀用の着物を纏ったレディーがしずしずと入ってきた。
「準備はすべて整っております」  レン導士が和紙を一枚差し出しながら言うとレディーはそれを受け取り「うむ」と応えながら祭壇前に静かに鎮座した。
 墨をたっぷりと浸けた細筆を手にすると純白の和紙に霊符をしたためる。それは行書体の文字にも見えるし、不可思議な形象図のようにも見える。 霊符に描かれる文字、或いは形は、ある神的な存在の根源的な原型である。ある種の形、形象は神秘的な力と共鳴する。今はまだ紙に描かれただけの霊的な印でしかない霊符。ここから最大限の効験を得られるかどうかは、符に呪いをかける呪術者の実力によって決まる。紙に描かれただけの霊符も、経験豊富な呪術者の手にかかれば現実世界と天界とを媒介し、強力なパワーを呼び込むことが可能となるのである。
 レディーは胸元で両手を合わせ、人差し指と中指を立てると囁くような小さな声で呪文を唱え始めた。道士が見守る中、レディーの初め囁くような呪文はだんだん大きくなり身体を大きく揺さぶるような動きに転じた。レディーの呪文と動きに合わせ壺の中の炎はマグマのように煮えたぎり、壺の中から零れだしそうな勢いを見せた。いよいよ炎の勢いが激しくなり、巨大な火柱が上がった瞬間、レディーの眼がカッ、と見開き、祭壇に捧げてあった追魂符を手に取るや否や
「山犬、弟弟子よ、そなたが師から授かった名を自らの声で名のれ! 」と叫び、素早く壺の中に投げ入れたのである。追魂符は瞬時に燃え尽きたかと思うと、一陣の煙となって螺旋状に炎の上をくるくる回り出す。
「行け! 山犬の元へ! 奴の名を語らせるのだ! 」
 レディーが叫ぶと一陣の煙は疾風の如く窓の隙間を抜け何処へともなく霧散してしまった。

 天宇受売神の情報を受けて日本へ出発するためヴァンパイアとデルタの3人は空港に向かった。渡航手続きをしている間にジョイスの携帯が鳴った。着信を受け「本部からだ」と言いながらジョイスは通話ボタンを押した。 タケル、ダン、ヴァンパイアの三人はその様子を注視していた。ジョイスの話し声はボソボソしか聞こえず、会話の内容は定かではなかった。ジョイスの顔色がみるみる紅潮していく。その様子を見たダンが横から
「オイ、どうした? 何か問題か? 」  本部とのやり取りではめったと感情を出さないジョイスなのに、これは何か大事である、と感じたのだ。するとジョイスは片手に携帯電話を持ったまま
「俺たちがレディー・Kを追って日本に行くことは許可できない、だってさ」  片手を上げ肩をすくめお手上げ、というポーズをみせた。
「そんなっ! 今更何言ってんだよ!? 」  タケルが声をあげる。そしてジョイスの携帯電話をとりあげ、テレビ電話モードにした。小さなモニター画面に厳しい表情をしたジョーンズ指揮官が画面いっぱいに映し出され
「上層部に報告したところ、あとはCIAに任せるという判断が下された。すぐに帰ってこい。君たちには新たな任務が待っている」と冷たく言い放った。
「ここまできてあとはCIAにだなんて納得がいかねえな」  ダンも不満タラタラだった。
「せめて日本に行って奴が何を企んでいるのかを突き止めるまではやらせてください」  ジョイスが努めて冷静に言うとジョーンズ指揮官は
「最初に下した命令は、レディー・Kなる人物の情報を集めることだけだ。今もその指令に変わりはない。君たちはヴァンパイアなる人物とも接触し有益な情報を得た。我々の任務はここまで。あとはCIAに引き継ぐ。さっさと戻れ、以上」 と通信を切ろうとしたところ、タケルが「ハーイ! 」と勢いよく手を上げて
「んじゃ今からオレ、休暇をとって日本に行きます! 有給も全然消化できてなくて休みがたまってばっかだし、いい機会なんで日本に里帰りすることにします! 」  タケルのこの発言にダンもすかさず
「おおー、いいな、それ。オレも休みとって日本に観光に行くことにしよう! 」  するとすぐさまジョイスが
「まてまて、たとえ里帰りや観光っていってもお前ら二人だけじゃあ、頼りないからオレは二人の監視役としてついていくぞ」
「決まり! じゃあボス、そーゆーことなんで、オレたち三人これから休暇とって日本に遊びに行ってきま~す! 」  タケルはそれだけ言うと一方的に携帯電話の接続画面を切った。 通信が切れる寸前、ジョーンズ指揮官の
「ゴォラ~! 勝手なことすな~~~!!!! 」という怒号が聞こえた。ような気がしたがデルタの三人は聞かなかったことにした。 傍で一部始終を見ていたヴァンパイアが呆れた様子で
「そんな勝手なことをして大丈夫なのか? どうなっても私は一切責任はとらんぞ」と言うと、タケルは
「大丈夫だって。どーせ有給使えてなかったんだし。それに、休暇中ってことにしておく方が制限なく動ける」  ダンも頷いた。ジョイスが
「よぉうし、では西日本まで狐狩りツアーにいくとしよう! 」  めずらしく張りきって言った。
「西日本だから・・・とりあえず関空に行ってそっから大阪かな? 」  タケルが言うと
「なんでぇ、京都じゃないのか? 」とダン。するとジョイスが
「やはり最初は西日本第一の都市に行くべきだろう」
「ちぇ~、オレ京都に行きたかったなー。マイコにゲイシャにウズマサにキンカクジ・・・」
「それはまた今度個人的に行ってくれ」  タケルが苦笑いする。
「とにかく今はここを出て関西国際空港に行く。西日本にある目的の地は日本に着いてから決める。それまでに何かしら〝サイン〟を見つけられるかもしれん」  ヴァンパイアはそう言うと足早に出国ロビーへと向かった。

 「戦闘ヘリ十二機をのせた貨物船は明朝、港に到着予定です」
「あ、そう」 「これでほぼ全ての兵器がそろうワケですが・・・」
「うむ」
「・・・レディー、そろそろ目的は何なのか、教えてもらえませんか? 」  レン・リーは業を煮やしたようにレディー・Kに言った。
「買い物に付き合って」
「は? 」
「ショッピングよ! 一緒にショッピングを楽しみましょう」
「? いや、あの・・・」
「ホラ、早く行くよ」  そう言ってレディーは戸口に向かった。

大阪・北区 グランフロント大阪にて

「うわぁ~、やっぱいいわねぇ。広いし、綺麗だし、書籍にブランド品に流行の服にアクセサリー・・・食品まで・・・何でも揃ってる!! これだけショップがあると迷っちゃう~・・・ね」  と言ってレディーがレン・リーに言う。
「・・・あの、レディー、何でわざわざ日本まで、しかも関西に買い物に来たんですか?」  レン・リーは困惑と呆れた様子をないまぜにしたような顔で言う。
「なんで、って。梅田のグランフロント大阪、話題になってたし、前々から超~行ってみたかったんだもん」
「だから、グランフロントと大量の武器購入と、一体どういう関係があるのか・・・」
「あっ、あそこに案内板がある!」  レン・リーの言葉を遮るように、レディー・Kはそう言ってから案内板へと駆け寄った。
「えっと・・・今ココにいるから・・・」  レディー・Kが案内板に指を少し触れた途端、掲示板の画面が、目的地を訊ねる画面に切り替わった。掲示されたフロアガイドにある行きたいショップの上を指で触れると、そのショップの情報が現れ、現在位置からの道筋を表示した。
「うわぁ、すっご~い! 行き届いてるぅ~」  レディー・Kはご機嫌で、レン・リーを引き連れ目的の店まで移動した。
「何を買うおつもりで? 」  レン・リーが呆れ顔をして訊ねると
「革ベルトのバングルがほしいの」とレディー・Kは答えた。
「バングル? 」
「そ。ちょうどコレを腕時計代わりに手首に巻きつけるためにね」  そう言って彼女は内ポケットから八角形の水晶を取り出してレン・リーに見せた。
「それは、もしかして・・・」  レン・リー道士の言葉を遮るようにレディーは
「あ、ここよ、このお店なら見つかりそうだわ」  と言って、店の中に入って行った。
「お会計が五千五百円になります」  値段をきいてレディー・Kが白蛇皮でできた長財布から折り目ひとつない一万円札と、これまた揃えの白蛇皮製小銭入れから五百円玉を一枚、トレーに出すと商品を持ってそのまま足早に店を出た。瞬間、後方から
「お客様! お忘れ物です!! 」  焦ったような声と同時に店員が駆けつけ、
「あの、一万と五百円お預かりでしたので、五千円のお返しと、こちらがレシートになります」  そう言って、店員は五千円札とレシートをレディー・Kに手渡した。
レン・リーは信じられない、といった表情で店員の様子を眺めていた。レディー・Kは、釣りの五千円札をレシートごと財布にしまうと、レン・リーの様子をじっと見つめてから言った。
「この国で行き届いているのは何も生活環境だけじゃないってことよ」
「経済的にも精神的にも余裕がある国は違いますか? 正直者はバカを見る、という考えしか知らない私にはまったくもってナンセンスですね。釣り銭をもらい損ねる方が悪いのに。それに・・・このキャッシュレスの時代にわざわざ現金で支払うなんて、わざとつり銭をもらい損ねて、店員の対応を確かめたとしか思えませんね」  レン・リーは店員を困らせたレディーの対応にたっぷり皮肉を込めた言い方をした。するとレディーは
「ねぇ、知ってる? この国で財布やスマホを落としても〝コーバン〟とかいう所に行けば七十パーセント以上の確率で、戻ってくるってこと。もちろん、財布から現金も抜かれることなくそのままの状態で。よその国じゃあ、そんなこと自体考えられない現象でしょう? なんてったって多くの場合、奪い合い、貶め合うのが常識としてまかり通ってる世界だから、財布を落とすマヌケが悪くて、拾ったものが貰うのが当然っていう考えだものね。ところが、この国では、相手の立場を考えることを忘れない。だから、拾った人間は、財布をうっかり落とした人はきっと困っていることだろう、と予測してわざわざ〝コーバン〟に持って行ってあげるの。競争するのではなく、皆がお互いに助け合い、協力してここまでの豊かな社会を築いてきた、という実績がそうさせるのかもね。だからこの国では、困っている人を更に陥れたり、弱者から奪ったりするのはとてつもなく恥ずかしい、品位なき愚行とみなされて、人間的、社会的信用をも失墜するのよ。あの震災が起きた時でもそうだった。困ったときはお互い様でみんなで助け合いながら共存していく姿勢が国民に染みついている。だから、崩壊した家や店からどさくさに紛れた略奪行為や、配給をめぐっての暴動なんか起きることもなかったのよね」
 そう言ったレディーの言葉にレン・リーの心は大きく揺すぶられた。
 まったく、この国の人間ときたら・・・  隣国の貧しい田舎の農村で育ったレン・リーにとって幼い頃より、この国に住む人間は精神に於いても経済に於いても遥か遠い彼方の人々だった。ずっとずっと日本人というものに不思議な魅力と憧れを抱いていた。ふたつの祖国では日本人は悪、として徹底して悪者に扱われている。だが、レン・リーの目に彼等の存在は近くて遠い、手が届きそうで届かない別世界に生きる人々に映っていた。
 経済的余裕が精神的余裕にも繋がっているのかどうなのか、定かではないけれど、少なくとも、日本を敗戦国として敵視する国の人間から見れば、世界を牽引する文明国の風格さえ感じさせる余裕ぶりが、天災という窮地の時でさえ、なお品位と礼節をわきまえる日本人の気質が、自分の国では実現不可能な国民レベルであることを立証されたかたちで、これまた成熟した精神世界に生きる魔化不思議な人々に見えるのだ。すぐ隣の距離だというのに、あまりに違いすぎる考え方、習慣、文化の数々・・・そういう意味に於いても、この日本という国は近くて遠い国なのかもしれない。

 蓮・李(レン・リー)は、中国広東省の貧しい農村に生まれた。父親はその小さな農村で農業を営む傍ら、地元では有名な風水師でもあった。風水を駆使して耕す父親の畑は、悪天候や害虫、異常気象による作物への影響を最小限に防ぎ、収穫時期には大概採算がとれるだけの出荷をクリアしていた。周辺農家は悪天候にも収穫に影響を及ぼさない風水農地にあやかろうと、レンの父に風水のアドバイスの依頼が殺到した。風水理念に基づき、農耕地の区画や引き水の調整を行ったところ、これまで台風や異常気象によってもたらされてきた作物への被害が、嘘のように最小限に食い止められ、村の収益は劇的に改善されたのである。たちまち風水師であるレンの父の評判は口コミで広がり、他県から風水鑑定の依頼が後を絶たない状況になっていく。
 風水文化が盛んなお隣の国でもこの話題が広がり、はるばる朝鮮半島からレンの父を訪ねて鑑定依頼をする者も現れた。その中のひとりに、風水師を目指し勉強中であった朝鮮人留学生がいた。彼はこの若く美しい朝鮮人女性をひと目見て恋におちやがて結婚する。この二人の間に生まれたのがレン・リーである。
 農業での収入は生活するにギリギリの収益でしかなかったが、風水師の鑑定依頼によって、親子三人暮らすには、そこそこ充分な収入を得ることが出来ていた。しかし、この副業収入を善しとしない村の一部の役人が彼を貶めようと一計を練る。地方官僚のひとりにレンの父が風水を使って、官僚を降格させようとしている、との讒言を申すと、これを真に受けた官僚は憤慨し、レンの父を拘束、即刻、絞首刑に処せたのである。レンの父が周辺農家から風水師としての信頼を集める一方で、その才能から得られる収入によって、妬みを買っていたのも事実。風水農地への変換に伴い助言を行う際、貧しい農家からも一律の鑑定料をせしめていたことは、地元農民の反感を買っていた。有名風水師気取りで、分不相応な高価な服装を身にまとって出歩いたり、異国の若き美女を妻にしたり、といったことも、妬みの要因であっただろう。とにかく、レン・リーの父は貧しいこの農村で良くも悪くも注目を浴び過ぎたがために、若くして非業の死を遂げる悲運に遭ってしまったのである。当時、レンがまだ五才に満たない時であった。残された朝鮮人妻は夫の不本意な死に嘆き悲しみ、彼を貶めた役人と官僚を深く恨んだ。報復を恐れた役人は風水師の妻子に偽りの嫌疑をかけ拘束しようと目論むも、予めこれを見抜いていた妻は、急いで息子を連れ、実家のある朝鮮へと帰ってしまう。妻の実家も農家であったから、夫から学んだ風水理念に基づいた農地開拓をして、実家の農業に精を出すため出戻ってきたのか、と両親は喜んだ。が、妻はそうはせず、夫から習った風水の知識を元に、独学で学んだ呪術を合わせ、夫の命を奪った役人と官僚に復讐を果たすべく、来る日も来る日も隣国から呪いの邪気を送り続けたのである。風水で習得した技能はすべて、夫を殺した役人と官僚への復讐へと執念を燃やした。小さなレンは両親に任せっきりで、自身は昼夜を問わず、邪気を送り続けるためにエネルギーを費やす日々を送っていたのである。半年も経つ頃になると、美しかった女の容姿は豹変し、髪や肌からはすっかり艶がなくなって痩せ細り、落ち窪んだ眼窩から覗く瞳だけがやたらギラギラとしていた。形振り構わず怪しい呪術を繰り返す母親の姿は、まだ幼いレンの目には恐ろしい魔女のように映った。呪術で他人を呪い殺そうとすれば、必ずや相応の返しがやってくる、そう彼に教えたのは父親と同じ風水師である、伯父だった。伯父の言ったとおりになったのだろうか、実家に戻り一年を待たずして母親は発狂し死んでしまったのである。母親が発狂死したほぼ同時期に、役人と官僚が原因不明の病に罹り高熱にうなされ、皮膚が腐って衰弱死していった、と知ったのはレン・リーが成人ししばらく経って、父親の故郷である農村を再び訪れた時だった。その時初めて伯父が言った〝呪い返し〟というものの意味を理解したのである。母親の死後、レンの伯父は〝呪い返し〟が親族にまで及ぶことを恐れ、あらゆる邪気を取り払うべく、幼いレン・リーに風水や道教の知識を身につけさせたのであった。
 十八歳になった彼は故郷を離れ、その抜群の体型を武器に、香港に移住しモデルとしてのキャリアを積むと、ようやく食べるには困らないほどの収入を得るようになった。しかし、容姿を売りにする職業柄、長く一線で活躍することは難しい。そう考えた彼は、かつて両親が辿った道を選ぶ覚悟を決めた。幼少期に伯父に教わった風水学と道教をベースにプライベートでもう一度それらを学び直し、その他異国の呪術を研究しては独学で学んでいったのである。こうしてゆくゆくは風水師または魔道士として、世界で活躍出来るチャンスをうかがっていたのである。
 そんな折、どこからの紹介なのか、最近PMCを立ち上げた、という〝レディー・K〟なる人物から魔道士としてアシストしてほしい、という依頼が入ってきたのだった。
 南アフリカ プレトリアにあるPMCのオフィスを訪れ、初めてレディー・Kに会った時の違和感はレン・リーにとって鮮烈なものであった。 レディー・Kは細身で小柄な体型、雪のように透き通る白い肌の持ち主だった。尖った顎に取っ手付けたようなツン、と高く細い鼻、笹の葉のような切れ長の目に茜色の縁取りをした個性的なメイクは、彼女が付けていた朱色の天眼石のピアスとリンクしていてとてもよく似合っていた。長い漆黒の髪はポニーテールにまとめられているせいか、切れ長の目はさらに吊り上がり、小さな顔がより小顔に見えた。と、ここまでレディー・Kを観察したところで、魔道士レン・リーはある強い違和感を感じたのだ。それは彼女の瞳だった。レディー・Kは魔道士と握手を交わした際も、その後の会話でさえも絶対に目を合わそうとはしなかった。レン・リーは不思議に思い、彼女の目の動きだけをひたすら凝視しているうちに、この違和感の正体にハタと気づいたのである。彼女の瞳、瞳孔は明らかに人間のそれではないということに。レン・リーは考えた。かつて読んだ呪術の書物には、修練を積んだ獣は自在に人の姿に変化することが出来るとか・・・。しかし、どんなに上手く変化を遂げたとしても、瞳だけは変えようがないらしい。そして、目の前の人物の瞳・・・これは明らかに獣の双眸・・・ではその獣とは?
 そこで彼は持っていたカバンの中に手を入れ、コンパクトミラーを取り出すと、低く小さく呪文を唱えた。そして机の下からこっそりと鏡にレディー・Kを映してみたのである。すると、鏡に映っていたのは、目の前に居る小柄で色白の黒髪女性ではなく、とてつもなく毛並みが美しい白狐ではないか! 驚いた魔道士レン・リーだったが、驚きはすぐに好奇心と探究心に取って変わった。
 当初は、この話はキッパリ断るつもりだった。何故PMCの会社に魔道士が必要なのか、といった質問や具体的な仕事の内容を聞いても教えてはくれず、雇用条件も曖昧だったからである。だが今、目の前で白狐が人間の女性に変化している様をみれば、これが本物の呪術というものではないか! といった興奮と感動を覚え、この白狐は他にどんな呪術を使役できるのか、傍で観察しながらあわよくば術を盗み真似てやろうではないか、という考えに至ったのである。
 こうしてレン・リーはこの妖しい白狐とすぐに契約を結んだのだった。
 契約を終え、PMCのオフィスを出て帰る途中、一人の美しい日本人女性が声をかけてきた。彼女は第一声、レン・リーにK,sミリタリーカンパニーの人間か、と訊いてきたのだった。
レン・リーが「そうだ」と応えた時点で、不思議な感覚に陥った。それはまるで何かの術にかかったように、この女性から目が離せなくなり彼の心臓は激しく高鳴り続けた。そう、レン・リーはこの女性に心奪われてしまったのである。その女性こそがウズメだった。
 ウズメは、会社のすぐ近くに自分が歌を唄っている店があるからぜひ聴きに来てほしい、と彼に言うと、長く艶やかな黒髪をなびかせながら去って行った。
 以降、レン・リーは彼女の感心を引き、どうにかつながりを持とうと、毎夜ウズメが唄うリトルチャイナの小さなショーパブに通うこととなっていったのである・・・

関西国際空港 到着ロビーにて

「さあさあ、着いたぜ、日本! 我が祖国! 」  タケルが伸びをしながらそう言うとジョイスが
「さて、こっからどうする? 今のところ何のサインも見受けられんが・・・? 」  ヴァンパイアに問うた。彼は折り曲げた人差し指を顎に添え無言のままでいた。
「やっぱ、京都に行けってことかもよ」  ダンがなおも京都観光への拘りを見せる中、空港ロビーの随所に設置されているテレビモニターが一斉に切り替わった。
『緊急地震速報! たった今、午後三時二十三分ごろ四国地方で強い揺れを観測しました。震源地は徳島県の剣山。地震の規模はマグニチュード7.2! 繰り返します! 午後三時二十三分ごろ四国地方で・・・』  デルタの三人は顔を見合わせた。
「〝サイン〟だ」  ヴァンパイアが静かに言った。

 緊急地震速報が出てからというもの、テレビメディアやマスコミは南海トラフによる巨大地震の発生か!? と何度も報道していた。

 大阪北区のグランフロント梅田内にある洒落たカフェでお茶を飲んでいたレディー・Kとレン・リー道士は、周辺に居る客たちが持っていたスマートフォンの緊急災害通知が一斉に鳴りだしたことで何が起きたのかを知った。 どよめきと驚きの声が巻き起こる中、レン・リーは自身の持っているスマホを取出してみた。彼の持つ携帯電話は日本のものではなかったため、緊急通報は鳴らなかった。だから日本で一体何が起きたのかを詳しく知るために検索する必要があったのだ。
「この地震って、まさか・・・」
「そ。そのまさか」  黄粉アイスと黒蜜ソースのパフェを細長いスプーンでつつきながら、レディー・Kは落ち着いた調子で続けた。
「追魂符を放ったのはいいけれど、もう少し奴をこっちに惹きつけないと、呪力は十分発揮できないでしょう? 」
「奴をおびき寄せるためですか? 」  向かいに座るレン・リーは注文した抹茶ラテには手もつけず、スマホ画面をスクロールしながら訊ねた。
「まぁ、それもあるけど、ちょっとしたお灸を据える、っていうことの方が大きいかな」
「お灸? 奴にですか」  レン・リーはスマホ画面から目を放し、更なる説明を求めるようにレディーの方を見た。
「そのうちわかるわよ」  レディー・Kはほんの一瞬厳しい顔を見せたが、黄粉アイスを頬張るとまた柔和な表情に変わった。

 その地質学者は四国で起きた地震の観測データを見ながら首を何度も捻った。四国沖での地震といえば南海トラフという海洋プレートが有名だが、今回の地震に関しては極めて限定された場所のみで発生していて、しかも揺れ方が特異なのだ。南海トラフのような大きなプレートがズレたことが原因による地震ならば、揺れは関東にまで及び、津波も発生して甚大な被害に及んでいただろう。ところが、今回の揺れはなんというか・・・淡路島から鳴門海峡に走る中央構造線断層帯や長尾断層のプレートのズレは確認できず、死火山である剣山周辺の限定的なものにとどまっているのだ。地震の規模からみても、震源の深さはマグニチュード8、家屋の倒壊等といった被害は今のところ判明しているだけで数百件、怪我人多数だが死者はまだ出ておらず、津波の心配はない。これは極めて限定された内陸地域の真下を意図的に何かが揺すぶっているだけ、とでもいうのか・・・とにかく、南海トラフ地震でないことは確かで、だがそれ以外に、地震が起きそうな活断層からの揺れとも考えにくい。死火山である剣山が噴火を起こす確率は限りなくゼロに近いハズなのに、一体なぜこの山が揺れるのか。非科学的な個人的観点で説明するならば、巨大生物が剣山に潜んでそこから大地を揺すぶっている・・・という表現が一番しっくりくるのだが・・・
 そして彼は頭をかかえる。この現代日本で、果たしてそんな説明を誰が本気にしてくれるだろう? それに山一つ分の大地を揺るがすような巨大生物だなんて、存在すること自体有り得ない。ダメだ、こんなことを公表しても一笑に付されるだけだ。もう少しマシな説明を考えねば・・・。
再び地質学者は頭をかかえた。

天上界でも

四国で起きた大きな揺れには天上界でも大騒ぎとなっていた。
「高天原のあずかり知らぬところで葦原中国の大地が揺れるとはどういうことか」
 第一声をあげられたのは天照大御神だった。
「大禍津日神(おおまがつひのかみ)や大綿津見神(おおわたつみのかみ)はもちろん、どの神々も天之御中主神の御神勅なしに葦原中国の地を揺さぶることはございません」
 思金神(おもいかねのかみ)は語気を強くされた。
「それでは、この事態はどういうことか」
 それまで静かに神々のやり取りを聞いておられた天之御中主神のお声が天上界に鈴の音のように響き渡った。 そこへ観音菩薩が雲に乗って駆けつけてこられ仰った。
「天界に於いて妖気が満ち満ちております。おそらくは、私の弟子・・・あの狐が女人に変化し、民衆に禍をもたらしたものと見受けられます」
「狐が女人に変化したと? 」
 天照大御神は驚かれたご様子で思金神を見やった。思金神はそれを受け
「古来より狐は人を化かすのが得意な獣とされておる。それが観音菩薩の従者として修練を積んだ狐であれば女人に化け民衆を惑わすことなど容易い所業なのでしょう」と、仰せられた。しかし、観音菩薩は大きく首を横に振られた。
「いいえ、いいえ。それは違います。いくら私の弟子といえども予め授かった原則や命数を歪めることは到底叶いませぬ」
 そう言ってから観音菩薩は遠くに流れる天の安の河の方に視線を移された。
 それまで天の安の河のほとりでじっと印をむすんだまま佇んでおられた阿弥陀如来は、観音菩薩の発せられた言葉に、細く閉じた目を一瞬開かれた。そして、
「本来、雄の獣として生まれたものが雌になることなど出来ない。それは如意法術にある地変法にて有限有形のものを駆使したとしても同じこと。天数に定められた原則原理を曲げることは絶対に出来ない。人間に変化しても同じことが言えよう。本来の姿が雄狐ならば、人間の姿になっても性は男であるはず」  阿弥陀如来は静かに、だが厳かに言い放った。
「しかし、地上界で変化を遂げたあの雄狐は紛れもなく女人の姿ではありませぬか」
 天之御中主神の葦原中国への憂いをお知りになって以後、天照大御神と共に地上界の様子を頻繁に伺っていた神産巣日神(かむむすひのかみ)はこう仰った。 すると天照大御神が
「うむ。どうやら狐は人間の手から成る高度な施術を受けて女人の姿かたちを我がものにしたのであろう」
「ううむ。天によって定められた原則原理をも捻じ曲げるとは、なんと罰当たりな・・・。あの雄狐、天界の禁を犯した上に天数をも偽装し、民を惑わすなど、絶対に赦すわけにはゆかぬ! 」  
神産巣日神を筆頭に他の神々も次々と狐に対する非難を口にされた。
そんな中、阿弥陀如来は観音菩薩を手招きされた。
「そもそも獣でありながら人の姿を装い、民を騙して弄ぶとも、所詮は四足。治世の学なく、中途半端練磨した驚天動地の術を駆使したところで、いずれは命運が尽きるものである」
そう仰ると、観音菩薩と共に念仏を唱えられた。

いざ剣山へ

 ヴァンパイアとデルタ隊員たちは、関西国際空港から一路、徳島県に向かっていた。
関空からの徳島行き高速バスは地震の影響を受けて既に終了しており、明日以降も発着便が出るかどうか先行きは不透明な状態であった。そこで四人はレンタカーを借りて徳島県まで約二時間半かけ震源地とされる剣山をめざしていた。
「これで本部へのいい弁明ができるってワケだ。〝休暇中に行った日本でたまたま大地震に遭遇し、そこで三人は同盟国への救難活動を行いました〟ってね」
 レンタルしたSUVを運転しながらタケルはバックミラーに映るジョイスとダンに向かって言った。
「その前に目的地に辿り着けるかどうかだよ。震災による影響で道路や橋が通行止めになってる可能性が高いぞ」  ジョイスが怪訝な顔をみせる。
「明石海峡大橋は今のところ無事なようだ」  ダンがスマートホンを操作しながら言う。
「関西を離れる前にありったけの飲料水と食料を買って車に積めるだけ詰め込んでからナンバープレートの横に『緊急支援物資運搬中』という紙を貼っていく」  助手席に座るヴァンパイアがタケルに指示を出すと、ダンが 「え~っと、大型スーパーかディスカウントショップだな・・・」  そう呟いてからグーグルマップを開いた。瞬間、着信音が鳴り響き驚いたダンの手元からスマホが滑り落ちた。ジョイスが
「オイオイ、大事に扱えよ・・・」と言いながら携帯を拾い上げる。 「本部からのお叱り電話かもな」と勝手な行動に出たデルタ隊員たちのお目付け役は溜息をつきながら電話に出ると、聞こえてきたのは 「山犬にかわって」という女の声だった。 ジョイスは眉を寄せながら
「あんたにだ」と言ってスマホをヴァンパイアに手渡す。 ヴァンパイアは無言でそれを受け取ると静かに通話を始めた。
「ウズメ殿が仰ったとおり、確かに〝サイン〟を確認しました。今その場所に向かっているところです」
「狐は魔鏡と神刀を用いた悪法で大地を揺らしている。使役しているものの正体は不明だが、魔鏡を破壊し使役の源となる神刀さえ押収すれば破法に至るハズ。その者達・・・デルタの三銃士には、とある場所に装備を用意している。受け取ったら神刀を押収させよ」
 天宇受売(あめのうずめ)の神は続けて装備品を隠している場所を伝えた。山犬は感謝の言葉を述べ通話を終えると、スマホをジョイスに返しながらウズメの神が指定した場所を運転中のタケルに伝えた。ジョイスが携帯を受け取りながら険しい表情で
「今の電話はアフリカのチャイナタウンで会った情報屋なんだろう? あんたはあたかも彼女から連絡が入ることを知っていた様子だった。何でこの番号を知ってるんだ? 何なんだ、今何が起きている? そろそろちゃんと説明してくれてもいいだろう」
 ダンもタケルも同意見だった。これまでは本部の指示に従いレディー・Kなる人物の情報集めをする一方でヴァンパイアと知り合うこととなり、奇奇怪怪な出来事を目の当たりにしながらも、ヴァンパイア側の詳細は不明のままでいた。デルタの指揮官が一旦引き上げるよう指示するも三人はこれを拒否。このゴシックホラーの主人公と行動を共にすることを決意したのは、三人が何かしら強い使命感に惹かれたからである。
 通常、正規軍兵士、とりわけデルタのような超が付くほどのエリート兵士が本部の指令に背くなど考えられない事態である。彼らは極めて難関なデルタの選抜試験をパスした後も高度な訓練を受け、対テロ部隊員として、敵に捕まり捕虜になった場合に於いても寝返ったりしないよう、自白による情報漏えいといった事態を想定した訓練によって精神面に於いても強化されている。そんな、心技体共に屈強な男が三人そろって得体のしれない人物と結託し、これまた得体のしれない人物を追っている。そんな想定外の行動を三人にとらせているのは、紛れもなく何かしらの力が、人外の領域から作用しているとしか思えなかった。
 アフリカでの作戦失敗を受け死の寸前のところを生還出来た謎から始まり、このゴシックホラーの主人公には訊きたいことが山ほどある。にも関わらず、これまで疑問を黙秘し彼を信じて行動を共にしてきたのは何故か? タケルをはじめとして、ジョイスとダンもこのヴァンパイアとの出会いは何か運命的なもので結ばれていると確信しているからに他ならなかった。

 一方のヴァンパイアも、タケルを筆頭にデルタの三人には特別なものを感じていた。ほんの数か月前、あのアフリカの地で絶体絶命のピンチに立たされていたデルタ隊員たちの命を救ったのも、何としても助けなければ! という直感が働いたからにちがいなかった。同情や憐み、と表現するには凡庸で、友情、親友というほど親しいというワケではなく、同志、といった表現がしっくりくるような。先ほどのスマホでの会話で天宇受売神は彼らのことを〝デルタの三銃士〟と揶揄しておられた。西洋の歴史上のヒーローになぞり茶化しておられるのは、彼らの人格に好感を持たれ、スキルに信頼をよせておられるからでもあるのだろう。
ヴァンパイアはジョイスの方を向いてから
「ああ、そうだな。君たちにはそろそろ説明してもいい頃だろう」
 そう言って、これまでのレディー・Kとのいきさつから語り出した。

  徳島県まで二時間半という長いドライブ時間のはずが、ヴァンパイアの話によってあっという間に過ぎていった。しかも、彼の話すことはおおよそ常人には信じ難い内容であったため、三人は自分たちが、ファンタジーかパラレルワールドに突入したかのような錯覚に陥りそうになっていた。彼の話の世界観があまりにも現実世界とかけ離れていたため、デルタの三人は思考を整理するための時間が必要だった。
「空想だ、絵空事だと笑いたければ笑えばいい。君たちが信じようが信じまいが、今私が話したことはすべて天界とこの現実の世界で繋がり起きていることだ。事実、今の地震による揺れも法術によって起こっている。君たちはこれからその証拠を目の当たりにすることだろう」  ヴァンパイアは疑念を抱きつつも無言のまま困惑しているデルタの三人に向かって言った。
「その法術って、魔法みたいなものなんだろう? そんじゃあレディー・Kって奴は狐の魔法使いってことか」  ダンが問う。
  ふざけて言っているのか真剣に質問しているのか判断できない曖昧な表情で。ヴァンパイアは
「西洋的な視点から見ればそういう見解になるかな」
 常に冷静沈着で物事を理論立てて考えるジョイスは、やはりヴァンパイアの話を鵜呑みにして理解することなど到底できなかった。が、しかし笑いとばして、お前の話は嘘八百だ! と批判することも出来なかった。それは、ヴァンパイアとレディー・Kとのおよそ人間離れした動きの戦闘シーンを目撃したこと、そして何より
「ずっと気になってたんだが・・・何であの時、アフリカでオレ達を助け、グレンの遺体損壊まで気にかけてくれたんだ? 」
 一番聞きたかったことの答えが現実の証拠となって立証されるからである。
「・・・何となく」
 少し間をおいてからヴァンパイアは呟いた。
「何? 〝何となく〟だって? 」ジョイスが信じられない、という表情で言う。
「そうだ」
「何となく助けたくなったからって、そんな気安く出来ることじゃあないだろう。大の男四人だぞ! しかも、殺しにかかってきた大勢の市民に包囲されていたんだ。あの最中でどうやって救いだしたんだ? 仲間がいて近くに車かヘリを待機させてたのか? 」  ジョイスがたたみかける。するとヴァンパイアは
「私に仲間はいない。ヘリも車も使ってはいない。飛翔して怒り狂った民衆の群れから君たち一人一人を奪い取り、一旦建物の屋根に避難してから一人ずつおぶって宿営地に送り届けた」  静かに答えた。すかさずタケルが
「だから、オレが言ったとおりだったろう? 」  ドヤ顔で言う。ダンは困惑した様子で
「でも、何で? 何でそんな危険を承知でオレ達を助けたんだ? 誰かに頼まれたのか? 」 「誰の依頼も受けてはいない。私の独断でやったことだ」  ヴァンパイアが言い終わった瞬間、
「だから、何で? 」  デルタの三人が口をそろえて言った。息はピッタリだった。その様子にヴァンパイアは思わず苦笑しながら
「何となく」とまた呟いた。 ジョイスは空を見上げ溜息をつきながら
「ああ、わかったわかった。もういいよ」
 そう言った瞬間、このゴシックホラーの主人公に対して妙に親近感が涌くのを感じたのだった。

 四人が剣山に到着したのは既に日が暮れて夜になった頃だった。
日本百名山のひとつに数えられる剣山。観光シーズンには登山客でにぎわうこの名所も今は地震による危険区域となり入山することはもちろん、麓付近にさえ立ち入ることは規制されていた。時折大地が揺すぶられ、不気味な轟音が聞こえてくる。
 未だ余震が絶えず襲ってくる、そんな警戒態勢の中タケルたちは、いち早く救援物資を持って駆けつけた米軍兵、という名目で警察や自衛隊が避難を呼びかける中、まんまと入山することに成功したのである。地震による被害で既に停止している登山リフトの乗降口付近には無事下山した人々が集まっていた。ダンとタケルは担いでいた飲料水と食料を配ってまわった。その時、恐竜の鳴き声のような音と共にまたもや大地が激しく揺れ、ダンはバランスを崩し思わず尻もちをついた。避難した人々は皆、不安に怯えた様子を見せていた。 四人は急いで天宇受売神が指定したポイントを目指した。
「〝オペレーション・レジェンドオブ・レイワ〟だな」
 移動中、タケルが誰に言うともなく呟くとダンが
「何だって? 」と訊き返した。
「作戦名さ」  タケルが答えると今度はジョイスが
「何で〝レジェンドオブ・レイワ〟なんだ?」と首を傾げながら訊いた。この質問にタケルは、よくぞ訊いてくれた、と言わんばかりに
「日本の令和っていう新時代に、俺たちはこれまで経験したことがないような敵を相手に伝説の闘いを繰り広げるからさ」と半ば興奮気味に言うと、ジョイスが
「伝説って・・・そんな大げさな。要するに狐狩りツアーだろうが」と冷めた様子でやり返した。一方ダンは
「それってニッポンのゲンゴウとかいうやつだろう? その〝レイワ〟って一体どういう意味なんだい? 」と、そもそもの質問をタケルに投げかけた。
「日本の外務省は〝ビューティフル・ハーモニー〟って説明してる。そしてこの美しき調和の時代に水を差そうっていう奴がレディー・K。どうよ、なかなかいい作戦名だろ? 」  タケルが満足そうに言うとダンとジョイスは冷めた様子で
「別にどうでもいいけどな」
「狐狩りツアーの方がしっくりくるぜ」とそれぞれの意見を述べた。三人の会話をじっと傍で聞いていたヴァンパイアは
「君たち米軍は何かと作戦名をつけるのが好きだな」  溜息交じりに言った。

 観光客用の遊歩道を抜け、山の中腹付近まで歩いていくと休憩所が見えてきた。天宇受売の神は宿泊施設も兼ねたヒュッテと呼ばれるその場所を指定されたのだ。そこに登山客や従業員の姿はなかった。既に避難してしまったのだろう。
 ヴァンパイアはフロントに残されていた宿泊者名簿を開き、本日チェックインした客の名前の中に〝ヤマイヌ〟と書かれた箇所を見つけ、部屋番号を確認してから宿泊用の部屋がある二階に上がった。
 部屋に鍵はかかってはいなかった。室内は真っ暗で何も見えない。ヴァンパイアの次に部屋に入ったジョイスが電気のスイッチを探るように、壁に手を沿わせた。次の瞬間、部屋に裸電球の温かみのある光が灯った。夜目の利くヴァンパイアが電球のスイッチを入れてくれたのだった。改めて室内を見渡すと、簡素な四畳半の畳とちゃぶ台が四人を迎えていた。
 ジョイスがふぅ~、とひとつ溜息をつくと、タケルがジョイスを見てぷっ、と小さく吹き出した。それを見たジョイスが怪訝な顔で
「オイ、なんだよ」とタケルに訊くとタケルは
「あ~、ジョイス、唇に・・・やぶ蚊が貼り付いてる・・・」  笑いをかみ殺しながら言うと
「あ~! ホントだ! けっこうデカイのがひっ付いてるぜ! 」とダンが大声で笑い飛ばした。ジョイスは慌てて窓の方に行き、ガラスに映った自身の顔を確認し驚愕の表情を浮かべた。
 ジョイスの濡れ光った下唇に誘われたやぶ蚊だったが、哀れ、そこに止まった瞬間、身動きがとれずそのまま屍と化してしまったのだった。彼が塗っていたリップクリームは粘度のあるハエ取り紙の如く、やぶ蚊の動きを封じ込み、下唇にべったりと張り付いたままになっていたのである。ジョイスは急いでティッシュペーパーを取り出すと苦虫をかみ殺したような表情をしながら慎重に下唇を拭った。
「やぶ蚊とキスって・・・おもしろ過ぎるよ・・・ぷぷぷ・・・」  タケルが腹を抱えながら言うとダンが
「お前さんのその濡れそぼったセクシーな唇に虫たちもメロメロさ~」と言いながら顔をくしゃくしゃにして笑った。ダンとタケルが爆笑している最中、ヴァンパイアだけはこの状況に、どうリアクションしていいのか分からず、曖昧な表情を浮かべ、必死にティッシュで唇を拭うジョイスの姿を気の毒そうに見ていた。
「いつまで笑ってんだよ! いい加減にしろよ!! 」と、やぶ蚊の死骸を始末したジョイスが未だ笑い止まぬ二人に対して怒りながら言う。
「いや、だって、おもしろ過ぎて・・・」とタケルが言うと 「あ~、マジで腹が痛い・・・」と今度はダンが腹の辺りを抑え、また二人してゲラゲラ笑いだす始末。これにジョイスは
「オイ、お前ら本当にいい加減にしろよな、笑い過ぎだぞ! 」  顔を真っ赤にして怒り始めた。しかしダンは
「元はと言えば、お前さんがそんなに唇をツヤピカにしてるのが原因なんだぜ」と抗議。するとタケルが
「そうそう。食虫植物のウツボカズラが蜜を出して虫を誘引する原理だよ。キスしてから食べる気だった? 」と茶化して言いながらまた笑った。タケルの言葉を受け、ジョイスは不本意そうに唇に手を当てながら
「今回塗ったのは、思いのほかグロス感が強かったんだ・・・それがいけなかった。今度からはマットな質感の物を選んで塗るとしよう」と、神妙な面持ちで反省の弁を述べた。そこにヴァンパイアが、そろそろもういいだろう、という風に
「さぁ、天宇受売殿がご用意された物を探すとしよう」  切り出した。それを受け、ダンとタケルはもう笑うのを止め、デルタの三人はすぐさま任務のモードに入った。
「装備なんてどこにもないぜ」とタケルが部屋を見渡しながら言うと、ジョイスが観音開きのクロゼットを開けながら
「ここだ」
 はたして、クロゼットの中にはパンパンに膨らんだ巨大なナップザックがみっつ処狭しと仲良く並んでいた。 三人が中身を素早くチェックする。 暗視ゴーグルに通信用のヘッドセット・インターコム、手榴弾と催涙弾、MP7の短機関銃とMk17アサルトライフル、予備の弾倉に蛍光棒、山刀が入っているのを確認するとダンが
「あの情報屋の姉ちゃん、やるね~」と歓声をあげた。
デルタの三人が装備品を装着するのを見ながら
「さて、登山は得意かな? 」  ヴァンパイアが言った。

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